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(株)ディヴァイス 輸入住宅販売で名を成すも万策尽きて破産申請へ
倒産を追う
2010年5月 3日 08:00

 福岡地区で輸入住宅販売会社として相応の知名度を有していた(株)ディヴァイス。顧客からの評価とは裏腹に、同社の資金繰りは設立当初から苦しいものであった。それでもコンスタントに物件を供給してきたが、採算割れの状態は免れ得ず、ついに09年6月に事業を停止した。ここでは、倒産に至ったその背景について検証したい。

09年6月に事業停止したときの同社の様子代 表:清水 民樹
所在地:福岡市東区筥松4-8-67
設 立:1992年9月
資本金:3,300万円

評価に大きな隔たり

 1992年9月、フロンヴィルホームズ(株)倒産に伴い、同社福岡支店長の吉野正良氏が中心となって設立したのが同社の始まり。既存客から会社存続について強い後押しがあったとされている。北米輸入住宅の販売を目的として福岡で営業を展開し、その後95年4月には吉野氏が退任。当時取締役であった清水民樹氏が代表となった。
 倒産したフロンヴィルホームズの既存顧客に迷惑をかけないよう、仕掛物件を引き継ぐなど赤字覚悟の運営を始めた影響で、会社設立当初から資金繰りは苦しかった。設立時から負の遺産を背負っていたわけだ。
 九州各県および山口県を主要マーケットに持ち、自由設計の注文住宅を手掛け、坪単価60万円台後半と比較的高価ながら、99年6月期および2000年6月期は2期連続で黒字を確保した。とくにアフターフォローに定評があり、既存客からの紹介による受注も増えていった。
 福岡地区の輸入住宅販売会社として知名度が上がり、受注も増やしてきたが、01年6月期以降は赤字に転落。その後は毎期の赤字分を借入で補うような資金繰りを続け、結果として07年9月には金融機関への返済も難しくなった。同月末には返済猶予を各行に申し入れる事態に陥り、同12月頃には同社の信用不安が広がって受注も難しくなり、解約なども増えていった。
 こうしたなか、資金繰りが一気に悪化。金融機関との関係から赤字を出すこともできず、粉飾決算を行なうようになる。その結果、07年10月期および08年10月期に合計約5億6,000万円の前期損益修正損を計上した(このときから決算期変更)。
 住宅にこだわりを持つ富裕層をターゲットとした高額な注文住宅とアフターフォローについては相応の評価がなされていた。しかし、資金繰りの悪化から取引業者に対する支払遅延の話はかなり以前から出ており、顧客と取引業者との評価の間で大きな隔たりが生じていた。

ディヴァイス 要約貸借対象表、既往の業績

事業譲渡をするも

 経営状況が悪化し、金融機関への返済も滞るなか、同社が受注した物件では顧客への融資がおりにくくなっていた。そのため、ある経営コンサルタント会社の助言に従い、資本関係のない別会社に事業を譲渡。同社は事業譲渡代金で取引業者などへの返済をしていくだけの会社になった。
 こうした経緯で、07年12月20日に設立された(株)ディヴァイスアート(現、(株)Dアート)に対し、同社の事業のうち建築受注、建築デザインおよび設計、ならびに完成模型の制作業務を3億6,000万円(税別)で譲渡する契約を締結。その際、同社の社員として勤務していた従業員の大半を転籍させ、パソコンや机など什器備品のほとんどを譲渡した。契約上はノウハウや顧客リストなどをメインとした形式だったという。
 これ以降、同社は仕掛物件の引き渡しと顧客開拓、Dアートへの顧客紹介に特化し、新規工事の受注はすべてDアートが行なうという体制になった。譲渡代金については、07年12月から08年7月まで計2,205万円、09年1月から同3月まで計1億8,906万6,730円の合計2億1,111万6,730円を受領した扱いになっている。このうち、実際に受領した約1億2,000万円は取引業者への工事代金と経費の支払に充てた。また残金約9,000万円は、同社の債務をDアートが引き受けるという処理によるもの。
 しかしながら、同社の顧客紹介は新築受注2件、店舗改装1件のみに終わり、営業権譲渡契約書の第2条4項記載の営業サポート(年間契約15戸以上かつ年間受注額5億円以上)の達成が不可能となった。そのため、同社とDアートは09年3月31日をもって営業権譲渡契約を合意解除した。
 会社設立から15年経った07年6月期には総供給戸数も約350戸まで伸ばし、08年10月期には8億1,761万円の売上高を計上していた同社。しかし、その後は仕掛物件も無くなり、08年11月1日から09年4月30日における売上高は1億8,401万円、当期損失は728万円を計上、3億631万円の債務超過に拡大していた。

宙ぶらりんの法的処理

 同社は07年12月に家賃65万円の福岡市博多区呉服町の事務所を退去し、家賃12.5万円の東区筥松に移った。また、家賃25万円の古賀の工場兼倉庫も返却、給与削減など会社経費削減のためのリストラも行なったが、資金繰りの悪化に歯止めが掛からず、関係業者への支払遅延や未払の状態が続いた。
 また、Dアートとの営業譲渡契約解除により返済原資の捻出も困難となった。09年6月に入ると、取引先に休業する旨の通知を出し、筥松の本社事務所の現場では慌ただしく資材の搬出が行なわれていた。「事業を停止する」という声や「家賃が払えず退去する」といった声が飛び交うなか、同社は「何もお答えできない」の一点張り。しかし、ほどなくして会社存続を断念し、同月30日をもって会社解散となった。
 同社には破産申請の費用もなく、同年5月には清水氏らが関係業者に対し事情説明をしており、納得されたとの理解から法的処理をせずにきていた。
 ところが、07年12月の同社からDアートへの事業譲渡および譲渡代金支払の一環としての債務移転処理、09年3月の事業譲渡解約などにより、工事の契約当事者が錯綜。同一業者に対しても、どこまでが同社に対する債権で、どこからがDアートに対する債権か分からないというクレームも出だした。Dアートとの取引を期待していた関係業者が清水氏らのもとにやってくるようになり、そのような状況を見かねた一部の取引業者から法的処理をした方が良いとの助言を受け、今回の破産申請となったようだ。
 以上が今回の倒産の内幕である。他にも手形に関するものなどさまざまな噂が飛び交ったが、そうした話も資金繰りの厳しさから出たものと言えよう。    

【大根田 康介】


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