妖怪が日本郵政を徘徊している。坂篤郎という妖怪が――。

　辣腕の元財務官僚が300兆円の資金を持ち、23万人が働く日本郵政を牛耳っている。「民業圧迫」批判を歯牙にもかけず、民営郵政は急速に逆コースを突き進んでいる。

　日本郵政の坂篤郎副社長は４月28日の衆院内閣委員会に「参考人」として呼びつけられて答弁席に立った。質問に立ったのは野党・自民党の平井卓也衆院議員だった。「脱官僚」を唱え、天下りとわたりの全廃を掲げた民主党なのに、財務省は治外法権下にあり、公然と「天下り」をしている――。平井はそう詰問したのだ。

　坂は1970年に東大を卒業、旧大蔵省に入省し、主計局次長、内閣府審議官などを歴任してきたエリート官僚で、とりわけ小泉、安倍、福田の３代の政権で官房副長官補として官邸中枢を牛耳ってきたことで名を馳せた。麻生政権誕生後の2008年10月、日本損害保険協会の副会長に天下り、官僚生活に終止符を打つと思われたが、民主党政権発足後の09年10月、日本郵政の副社長に就任。元大蔵事務次官の斎藤次郎社長とともに日本郵政を牛耳る旧大蔵（財務）官僚出身者である。

　自民党の平井が問題視したのは、坂が日本郵政に転じると即座に元大蔵官僚の牧野治郎元国税庁長官が日本損保協会の副会長職に就いたことにある。「牧野さんを選任した経緯はどうだったのか。坂さんが牧野さんを推薦したのではないか」。損保協会の副会長ポストは旧大蔵省の天下りが７代も続く指定ポストである。しかし、平井の質問にパンチはなかった。答弁にたった坂は「急に私が辞めることになったものですから、損保協会の会長にご挨拶に行きました。牧野さんは前職が損害保険料率算定機構におられ、保険業界の方であります」と交わし、笑みを浮かべる余裕ぶりだった。

　平井が爆弾質問をするとの噂が報道機関に流れたため、内閣委員会はテレビカメラや各社の記者たちが詰め掛けたが、平井は坂に「ご就任おめでとうございます」などとエールを送り、さほどの対決姿勢は見られなかった。それもそのはず、平井が質問を通告して坂を委員会に招くよう要求したところ、坂が議員会館の平井の部屋を訪れ、「先生、本当にそんな質問をなさるのですか」と牽制球を投げつけたのである。この間の事情を知る官僚は「坂さんは、質問を通告した平井さんに対して、選挙での応援の有無をほのめかしたそうです」と打ち明ける。郵政一家には、自民党の有力な支持基盤のひとつであるつまり特定郵便局長会がある。「俺（坂）を敵に回したら、その応援はなくなるぞ、と恫喝した」（事情を知る官僚）というのである。結果としてマスコミ各社を集めたものの、記者たちの多くは肩透かしを受けた格好となった。

【箱山　信一郎】

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