九州電力川内(せんだい)原発の直下および直近に「推定断層」が存在する可能性は前回指摘した通りである。それと同時に看過できないのは、このところサメやエイ、ウミガメ、クジラなどの死骸が原発周辺の海岸に続々と打ち上げられることだ。原因として疑われているのが、原発の膨大な温排水による周辺海域の環境変化だ。
「寄田(よりた)海岸辺りには昔からサメがいましたが、死骸が頻繁に打ち上げられているというのは初耳です。あそこには原発があるので温排水が影響しているんじゃないですか」。
というのは南九州一帯の海を知る鹿児島市のベテランサーファーだ。寄田海岸というのは川内川河口にある原発から南に延びる白砂の浜だ。原発を気にしなければ、海水浴やサーフィンにはうってつけの海岸に見える。
それが近年、まるでサメやウミガメの墓場と化しつつのあるのに気づいたのは、薩摩川内市で海岸清掃のボランティア活動をしている中野行男氏だ。川内川河口から北側には唐浜(からはま)海岸、湯田海岸などがあり、中野氏は2006年ごろからこれら海岸に漂着するゴミの片付けを始めた。
「07~08年ごろからウミガメをはじめ、クジラやイルカ、サメなどの死亡漂着が目立って増えてきました。とくに寄田浜にはサメやエイ、ダツなど凶暴な肉食系魚類の死骸が目立ち、昨年は数え切れないぐらいでした」(中野氏)。
同氏はそれらの死骸を写真におさめ、日付も記録してきた。09年に寄田海岸に打ち上げられたのは、1m~1.30mのサメが20匹、1m前後のダツ、0.5~1mのエイが合わせて10数匹。長さ1km程度の浜にこれだけの大型魚類の死体が上がるのは異常である。4月20日に筆者が同浜を訪れたときも、温排水放出口近くに鳥らしき黒い姿を発見。近寄ってみると安の定、カラスが1mぐらいのダツの死体をつついていた。
これはどういうことなのか。川内原発同様、周辺に砂地の海岸があり、外海に面して立地された原発としては東京電力福島第一、第二、同柏崎刈羽、中部電力浜岡などがある。これら川内原発と似た地形の原発周辺に、特定の魚類が死体で何頭、何匹も打ち上げられたことはない。日本で営業運転している53基の原発のうち、51基は太平洋、日本海に面し、東シナ海側に立地するのは川内原発1、2号だけだ。大小ともに南方系魚類が多い海域とはいえ、なぜ大型魚の死体漂着が目立つのか。
原因解明の手がかりを提供してくれるのが、橋爪健郎元鹿児島大学理学部助教授や佐藤正典同理学部教授ら環境物理学や生物学を専門とする学者を含む地元有志の活動だ。有志グループはかねてより川内原発から放出される膨大な温排水に注目。温排水が周辺海域にどのような環境変化をもたらすかを調査研究してきた。その結果として彼らがまず確認したのは、九電が川内原発をつくるに当たって地元に説明してきたことと現実は違うということである。
わかりやすくいえば実際に調査した数値によって九電の「約束違反」を証明、その影響を考察している。まず2基が稼働する川内原発は毎秒100数十トンもの海水を吸い上げ、吐き出す。1、2号機とも電気出力は89万KWだが、熱出力は各266万KW。原発は出力の3分の1しか電気に換えられないので、残りの熱は温排水として捨てている。すなわち原子炉を冷やした水(1次冷却水)をパイプ越しにさらに膨大な海水で冷やし、温水と化したそれを毎秒100トン以上の勢いで海に戻している。その温度は吸い上げたときを基準に上限7度以下に押さえる、というのが漁協を含む地元自治体や国との約束だ。
上限7度は漁業や生態系への影響を考慮して便宜上定められた基準であり、放射線の被曝許容線量同様、基準値以下だから安全、あるいは影響なしというものではない。原発地帯では「漁獲量が減った」という地元漁民の声をよく耳にするが、川内原発周辺も同様である。「実感として漁獲高は年々減っている」(いちき串木野市の羽島漁協)という声があるものの、日本の沿岸漁業全体が衰退しているために「漁獲高の推移で温排水の影響を証明するのは難しい」(同漁協)のが実情だ。
しかし、先の有志グループは長年の調査により、川内原発の温排水は平均8度、最高10度にもなるうえ、その拡散海域も九電が沖合2Kmとしているのに対し、5Km以上にも及んでいることも指摘した。それらのことが周辺海域にどのような影響を及ぼすか。その分析、考察結果は『九電と原発(1)温排水と海の環境破壊』(南方新社)にまとめられているが、問題はそれに対する九電及び県や市、国の反応だ。ひと言でいえば九電、自治体、国が一体となって無視、あるいは虚偽の回答で逃げるという住民、国民を小バカにしたものである。
まず九電に対しては、前回指摘した「推定断層」と今回の温排水に関する質問を4月20日に出したが、GW連休をはさんでいるとはいえ最初の回答があるまでに3週間、最後のそれは5月17日と4週間も要するなど相変わらずスローモーションな対応。5月18日は3号機増設に関する経産省の公開ヒアリング開催日。それへの影響を考えてあえて回答を遅らせたのか、と勘ぐりたくもなる。
それというのも、最後に回答を寄せてきたのが推定断層の問題であるからだ。質問内容は、95年に産業総合研究所(旧・工業技術院、以下、産総研)が監修した『日本地質図大系』で、川内原発直下と直近に推定断層があると記述されていることについてである。質問理由は、断層であれば既存の1、2号機はもとより、増設を計画している3号機に影響するので、九電の見解を質す必要があるからだ。
その九電の回答は、「97年に新しく出た『日本地質図大系』では95年版にある推定断層が記されていないというもの。すなわち推定断層は存在しない」というわけである。しかし、前回紹介したように同地質図は80年代に国土技術研究センターが全国の専門家を動員して地域別に調査したものが元ネタである。それがわずか2年で改訂されるものなのか。出版社や産総研で調べると同じ地質図でも95年版と97年版は中味が違う。要は精度が異なっているのだ。
同地質図は90年の北海道版から地域ごとに順次刊行されて九州版は95年。そして最後の97年版は、それまでの地域別を日本全体の総図としてまとめたもので地域別より大幅に縮尺されている結果、九州版には記された断層も略されただけで決してなくなったわけではない。
これが九電流広報であり、同社と原発問題でやりとりしてきた地元住民団体からも「誠意がない」と、きわめて評判が悪い。次回は、そんな同社の体質、さらに住民を守るべき地元自治体や国が現実から逃避する無責任さについて、温排水問題を中心にリポートする。
恩田 勝亘【おんだ・かつのぶ】
1943年生まれ。67年より女性誌や雑誌のライター。71年より『週刊現代』記者として長年スクープを連発。2007年からはフリーに転じ、政治・経済・社会問題とテーマは幅広い。チェルノブイリ原子力発電所現地特派員レポートなどで健筆を振るっている。著書に『東京電力・帝国の暗黒』(七つ森書館)、『原発に子孫の命は売れない―舛倉隆と棚塩原発反対同盟23年の闘い』(七つ森書館)、『仏教の格言』(KKベストセラーズ)、『日本に君臨するもの』(主婦の友社―共著)など。
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