25日早朝、日本中が勝利への歓喜に沸いたサッカーW杯・日本対デンマークの一戦。その少し前の24日夜、中洲からは悲鳴が上がっていた。「お客が来ない!」。
平日の午前3時半キックオフというスケジュールに、多くの人が早めに帰宅、早寝早起きで試合観戦に臨んだ。なかには、中洲で酒を飲み、そのままの流れで観戦するという剛の者もいたというが。やはり多くの人は、次の日の仕事に支障をきたさないように配慮していたようだ。
日本が決勝トーナメント進出を決めた明くる日の中洲も冷え込んだ。試合を観戦した人たちが、不足した睡眠時間を補うため中洲に寄らず帰宅したからだ。小生が飲みに訪れた店も開店休業中の状態だった。その店のママさんは、「選挙だけでも客が減るんだけど、これにサッカーまで重なったら、どうにもならんよ。それも客が少なくなる月末に...」と、肩を落として話す。
聞けば選挙期間中は、選挙の手伝いをする人たちが増え、飲みに来る客が少なくなる。W杯、選挙、月末というトリプルパンチが店の経営に深刻な打撃を与えているという。
「それなら店でW杯を放映したら?」。そんな質問に対し、「昔はやっていたんですよ。ボクシングの亀田の試合は大いに盛り上がりました。けどね、そういう大きな試合っていつもあるわけじゃないでしょ。1年前に経費を切り詰めようとテレビの回線は切ったんです」と、ママさん。国よりもシビアな事業仕分けが行なわれているようだ。
そこへ「ごめん、ママ。もう眠くて眠くて。早く上がっていい?」と、店の女の子。日本代表を徹夜して応援していたらしい。「ああもうっ、分かった。早く上りんしゃい。気をつけて帰るとよ」と、ママさん。女の子が帰ると、店は小生とママさんだけになった。
静かになった店内。ウィスキーの水割りをひと口飲むと、いつも以上に喉がひんやりとした。そんなところへひとりの客がドアを開けて入って来た。「ごめんねえ、ずっと来れんくて。この前の支払いはどげんなっとうと?」。見知らぬ顔だが、どうやら古い常連さんのようである。
「あら、ひさしぶりって、2年ぐらい経ってるじゃないですか。この前の支払いって、一体いくらかだったけ」と、苦笑いするママさん。「7人で来たから、4万か5万ぐらいやったと思うけど。まあいくらでもええけん。請求して」と、その常連はずいぶんとご機嫌の様子だ。この機を逃すまいと、ママさんはあわてて帳簿を引っ張り出す。ページの1行1行を食い入るように見るママさんの表情は、ここ1番のPKに集中するサッカー選手のようだった。
長丘 萬月(ながおか まんげつ)
1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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