根拠なき楽観論に振り回されるな 日本に求められる産業構造の転換
数々の経済関連の著作を世に送り出し、日本経済論の分野において第一人者として活躍している早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授の野口悠紀雄氏。今回のテーマ「日本の未来の羅針盤」にもっともふさわしい人物の1人として、日本経済の未来に向けて政府や企業経営者が何をすべきか、提言していただいた。
―まず、最近出された御著書『経済危機のルーツ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』などについて、出版の真意をお教え下さい。
野口 最近、あまり根拠のない楽観論が広がっていますが、事態は非常に深刻だということを指摘したかったのが本書の目的です。
なぜ、そうした楽観論が出ているのか。2009年初めに経済がどん底まで落ち込みましたが、それから若干は回復しています。よく新聞などでは「回復が鮮明」という記事も多いのですが、それは1年前と比較してのことで、非常に低い水準と比べれば回復しているのは当たり前で、回復率だけを見ると大きな錯覚に陥ります。
問題は、レベルです。07年の夏頃が過去のピークですが、そのときに比べておおよそ8割と言っていいでしょう。企業の利益はもっと落ち込んでおり、そこから回復できていません。それには理由があって、07年頃までの経済的活況がバブルだったからです。これはアメリカのバブル、それから為替レートにおけるバブルがあって、異常な円安になっていたわけです。そのため、日本の輸出が大きく増えたという事情があったのですが、このバブルを再現することは不可能です。だから、元のレベルには回復できません。
09年春以降の、日本経済の回復には大きく2つ理由があります。第1は、とくに中国に対する輸出が伸びていることです。他方、アメリカに対する輸出はあまり伸びていません。これについては後で述べます。第2は、緊急経済対策の影響です。とくに大きいのが、雇用調整助成金とエコカーや家電の購入に対する補助です。
雇用調整助成金によって、失業率の上昇を抑えています。今、日本の失業率は5%くらいですが、もし助成金がなくなれば、おそらく9%くらいには上昇するはずです。企業の抱えている過剰人員はもっと多いと考えられます。それからエコカーなどの購入の補助。これにより、鉱工業生産指数がかなりかさ上げされています。これが外されれば、鉱工業生産指数は低下するでしょう。自動車の販売量は4割程度落ちる可能性があります。
以上のように、最近の回復傾向は見かけの部分が大きいということです。こうした状況をあまり考えていない楽観論が増えています。これらは根拠がない楽観論なのです。
―なぜ、そうした根拠なき楽観論が広がるのでしょうか。
野口 言い逃れをしたい、責任回避をしたい人が多いからでしょう。政府としては、経済政策が悪いという責任逃れをしたい。また、企業の経営者にとって本来必要なのは、事業を大きく転換することなのですが、これは非常に難しい。だからごまかしたいわけです。こうした言い逃れや責任回避が、根拠なき楽観論の一番大きな理由だと思います。
―日本経済は劇的な転換が必要なはずですが、それができていないということですね。
野口 それは今必要なことではなくて、15年前から必要だったことなのです。だから、すでに15年間遅れていることになりますね。いよいよどうしようもなくなったというのが、現在の状況です。
【大根田康介】
<プロフィール>
野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経済危機のルーツ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』(東洋経済新報社、 2010年4月)、『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか』(ダイヤモンド社、 2010年5月)などがある。
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