根拠なき楽観論に振り回されるな 日本に求められる産業構造の転換
―中国に対する輸出が日本経済の回復を促しているということですが、どのような問題があるのですか。
野口 第1に、日本の中国に対する輸出は、中国の輸出産業に対する輸出で、中国の内需に向けたものではありません。このことは輸出品目を見ればよく分かるのですが、あまり変わっていません。したがって、日本から中国への輸出が増えているのは、とくに09年前半に中国の輸出が増えたからです。それにともなって日本から中国への輸出も急上昇し、日本は回復したのですが、今後同じ率での増加は続きません。そのため、何もなくても伸び率は鈍化します。
第2に、現在のユーロ安が日本の中国への輸出に対して、非常に大きな影響を与える可能性があるということです。ユーロ安は日本の輸出に悪影響を与えますが、それは日本からヨーロッパに対する輸出に対してだけでなく、日本から中国に対する輸出にも影響します。なぜかと言うと、EU―とくにドイツから中国に対する輸出と、日本から中国に対する輸出は競合関係にあるからです。どちらも機械や部品といった輸出ですが、これまでユーロがかなり高かったのです。とくに経済危機以前はそうでしたが、それ以降ユーロが安くなったことが問題のひとつです。
この影響はすでに現れています。中国の輸入に占める日本とドイツの割合を比較してみると、ドイツは伸びて日本は落ちています。ユーロがさらに安くなれば、ドイツの輸出競争力はさらに増します。そのため、日本のシェアはもっと下がる可能性があります。そう考えると、中国への輸出が今後も伸びるとは考えにくいのです。これは、短期的には非常に大きな問題ですね。
第3は、これが一番重要な点ですが、中国では低価格製品しか売れないということです。したがって、輸出産業の利益率は下がります。日産自動車のデータで見ると、自動車1台当たりの利益が北米諸国では25万円で、中国を含む新興国市場では11万円。つまり、利益は半分以下なのです。
これは中国で生産している日産の事例ですが、中国の安い労働力を使って生産している自動車ですらそうなのです。ましてや、日本国内から中国への輸出を資本材ではなく最終消費材に転換しようとすれば、日本企業の利益は非常に大きく落ち込みます。
したがって、中国に対する輸出は、日本国内ではなく、ベトナムやインドなど新興国での生産にならざるを得ないのです。ということは、日本国内の過剰労働力や過剰設備に対する解にはなり得ません。そのため、今後は間違いなく製造業の海外移転がさらに進みます。
【大根田康介】
<プロフィール>
野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経済危機のルーツ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』(東洋経済新報社、 2010年4月)、『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか』(ダイヤモンド社、 2010年5月)などがある。
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