根拠なき楽観論に振り回されるな 日本に求められる産業構造の転換
―グーグルの村上名誉会長は、「今の日本には過去の成功体験を引きずっている経営者が多い」ともおっしゃっていました。
野口 それは要するに、サンクコストにこだわるなということで、もっとも重要な経営学のアドバイスです。すでにやってしまったことを後悔したって仕方がない。過去のことは過去のことなのです。投資したから諦めきれないというのは、昔から失敗の典型的な原因のひとつです。たしかに今の日本は、その思いにとらわれている人が多すぎるのだと思います。
―こうも言っておられました。「成功体験を知っている50代以上は退くべきだ」と。
野口 もちろんそうです。そのせいで日本の企業が変わらないのです。たとえば、ソニーがなぜ変わらないかといえば、テレビやウォークマンで成功した世代の人が企業を動かしているからです。だから新しいものを拒否するのです。それはソニーに限らず、どのような日本の企業でも70年代あるいは80年代頃までの事業で成功した人が実権を握っているので、変わりようがないのです。だから「廃墟」という表現をしました。そういう人たちが生き残っている限り、日本の企業は変わりません。
彼らにとって唯一の関心は、退職まで自分の会社が存続してくれることなのです。それで退職金をもらってオサラバできればよくて、それから先のことは念頭にない。だから変わりようがないのです。ただし、そういう人たちがいなくなったからといって、日本が新しくなるかどうかの保証はありません。なぜかと言うと、日本人の能力が顕著に下がってきているからです。新しい世代に何か新しいものをつくる能力があるかどうか、大きな疑問です。以前からそう思っていました。
たとえば、アメリカの大学院における留学生の国別比率を見てみましょう。スタンフォード大学では、90年代は日本と中国と韓国はそれぞれ約120人でほぼ同じくらいでした。それが05年になると、中国は約400人で、驚くべきことに韓国も約300人に増えました。逆に日本は減っており、このときすでに100人を割っていたのです。
最近はどうだろうと思って調べてみたら、中国と韓国は伸び続けています。日本はついに「その他」に分類されてしまい、何人だか分からなくなってしまいました。これはスタンフォード大学に限ったことではなく、アメリカの一流大学で共通している現象なのです。日本人の留学生が少なくなっているのは、将来の日本と韓国、中国の状況を明白に物語っています。
―なぜ、そのような状況になってしまったのでしょうか。
野口 大きな理由は、能力的に学校へ入れなくなってしまったためです。また、わざわざ海外の大変なところに行って勉強しようと思う人がいなくなったということです。意欲がなくなったこと、能力がなくなったこと、この両方です。これはゆとり教育の結果ですから、当時ゆとり教育を主張した者の責任は重大ですね。
【大根田康介】
<プロフィール>
野口 悠紀雄(のぐち ゆきお)
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。近著に『経済危機のルーツ―モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』(東洋経済新報社、 2010年4月)、『世界経済が回復するなか、なぜ日本だけが取り残されるのか』(ダイヤモンド社、 2010年5月)などがある。
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