景気が悪くになるにつれ、ツケをめぐるトラブルが増えてきているという。なかには確信犯的にツケを踏み倒す客もいるとか。先日訪れたA店で、数年前に中洲で多額のツケを踏み倒して消えた男のことを耳にした。
その男は、A店へ2度目に飲みにきてからツケが始めたという。身上が明らかではない人間のツケがきかないのは当たり前の話。もちろん、2回来たからといって常連というわけにはならない。なぜ、A店がその男のツケを許したか。その理由は、初めてA店で飲んだときにあった。
初めて男がA店を訪れた際、豪快に飲みまくったという。なお、A店はリーズナブルな料金をウリにしているスナック。10万円ほど飲むのはよほどである。さすがに、そこまで派手でかつ一見さんとなれば、店のほうも警戒するのだが、その男は10万円の飲み代をポンと現金で支払った。
その頃の景気はとっくに下り坂。A店の経営状況も悪くなる一方だった。「カードならまだしも現金で10万を支払うとは、なんて景気のいいお客さんだろう。ぜひ、常連になってもらいたい」。そう思ったのも無理はなかろう。A店の信用を得た男は、2回目からツケで飲み始めたという。飲み方はいつも派手。週に何回もやって来る。その男がいるボックスは、バブル全盛期に戻ったかのようであった。
もちろんツケがどんどんたまっていく以上、さすがに見捨ててはおけない。少し不安を感じたA店は、男に請求の連絡をした。しかし、渡された男の名刺にあった電話番号はいずれも不通。それどころか、会社も家も何もかも全部嘘っぱちであることが分かった。名前も偽名だ。
また、A店が隣近所の店へ問い合わせたところ、まったく同様の手口で、その男がツケを踏み倒していることが判明した。被害総額はウン百万円。被害者連合で懸命な捜索を行なったが、未だに行方がつかめていないという。那珂川の水面にその男が浮かんでいないか毎日確認していた者もいたとかいないとか...。
それにしても、そこまでして酒が飲みたいのだろうか。金を借りてドロンというならまだしも、すべて酒や飲食物として腹に収めてしまっている。ちなみにカラオケで歌う分は無料。死ぬ前の思い出つくりという可能性もあるが、偽の名刺や多くの中洲経営者がだまされてしまった手口といい、常習犯の可能性も高い。いまもどこかの歓楽街で飲みまくっているのだろうか。もっとも、顔を変えない限りは中洲に戻ってくることはできないだろうが...。
長丘 萬月(ながおか まんげつ)
1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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