<覚悟にもいろいろある 廃業の成功モデル>
福岡市城南区に荒津工務店という建設業者がある。経営者の荒津清計氏は西福岡建設事業協同組合(西建協)の旗頭であった。事業継承には当初から頭を痛めていた。義弟や甥などの身内を後継者として検討したこともあった。また、企業買収=M&Aも真剣に対応した。同窓の集まりでは、「おい!!荒津。お前は一体、いつまで働くのか?」と茶化されることもしばしばであった。
本社の隣接場所は友泉亭公園である。福岡市から、この公園拡張にともなう買収の話を2009年初めに打診された。ここで決断した。廃業プログラムを組んで、粛々と具体化していった。廃業清算の実務期間が1年必要なことも知った。「まー、廃業するにあたって、他人様に迷惑をかけないで済むようだから良しと思っている。73歳の自分の余生の時間はわずかだ。奥さん孝行しないと罰が当たる」と満足な心境だ。4社ほど建設会社をわたり歩き事業を起こして37年、荒津氏のビジネス人生には悔いがなかろう(西建協のメンバーには、このようにいつでも廃業できる堅実経営をしている業者が多い)。
<ある建設業者たちのOB会 まさに人生いろいろ>
以前、福岡県建設会(FCC)という団体があった(現在、会は解散している)。初代会長は末永工務店(福岡市南区)の末永廣信氏が担った。だが、この団体の中興の祖は照栄建設の創業者・前畑一人氏であった。このFCCに、筆者は前職場時代に元気の良い新興勢力の建設業者を加入することに注力したことがあった。7社加入させたが、バブル崩壊以降、94年から2000年までにすべて潰れてしまった。
今年の盆過ぎのある日、FCCの6名のOBが集まった。場所は「もつ元」というもつ鍋屋である。柳橋連合市場のなかで開業して1年近くになる。この店の実質オーナーは矢野氏で、福岡技巧建設(福岡市中央区、当時)を倒産させた経歴の持ち主だ。倒産以降、再起のチャンスを幾多か試みた。本当にタフな人だ。結局、行き着いたのが「もつ鍋屋」のオヤジであった。もう60代に辿りついた。この事業を成功裡に終わらせることを祈る。
田島から福岡大学に行くバス道路沿いに、西南大学神学部の敷地があった。そこを過ぎると三差路にあたる。その右手に大匠建設という看板を掲げているビルがあった(持ち主は代わったが、現在もある)。同社の片岡社長は福岡大学工学部建築科一期生であった。当時は珍しい一級建築士の資格を持ち、自ら技術セールスを行なっていたが、力およばず倒産の憂き目にあった。それ以降の15年間、片岡氏の言葉を借りるなら「『落ち穂拾い』の仕事で飯を細々と食ってきた」となる。「落ち穂拾いの仕事も最近はとみに少なくなってきた」そうだ。信条は「終身現役でコテッと昇天する」ことである。
金融業から異色の転進を図って話題になったのが、福岡市南区にあった吉浦工業だ。同社の吉浦社長は、銀行の貸し渋りや資金引き揚げの策動に対して、自己破産の道を選んだ。2年間は罪滅ぼしの意味で断食生活同然で過ごした。ある意味での自己制裁を科したのである。友人のつてで土木会社の社長の職に就いた。「赤字会社を黒字に転換させたことで恩返しした」と納得している。定年となった現在も再就職活動中である。
次に、1,000億円を借入調達したことのあるトミソー建設の伊藤社長である。トミソー建設は、恐らく建設業者として九州で一番借入した実績の会社であっただろう。1,000億円の借入があれば、多種多様な事業を展開できる。伊藤氏の周囲にはいろいろな人間がたむろってきた。これを綺麗に調整してきた懐深さには感服したこともあった。今では人との付き合いも極力断ち、仏さんの道を究めているようだ。
5人目は、末永工務店の末永和之会長である。実兄の創業者である末永正信氏から二代目の社長を任された。三代目社長は和之氏からみれば甥にあたる。現在、和之氏は会長として営業のフォローや経営指導に専念している。悠々自適の生活ぶりである。
そして最後に、照栄建設の創業者・前畑一人氏は、照栄不動産の社長として現役の采配を振っている。しかし、照栄建設では顧問という肩書ではあるが、経営には口出しをしていない。二代目を託された甥にあたる中村悦治社長(前畑氏の姉の子)は、手堅い経営で安定した業績を進展させている。前畑氏の中村氏への政権交代のケースは、業界では一番の成功のモデルと評価してよい。
筆者を含めた7名の飲み会は3時間以上におよび、宴もたけなわになったことは言うまでもない。潰れたならば、潰れた後それぞれの人生がある。「うまく現役から引くことができた」と世間が見る人にも、それぞれの余生が残っているのだ。倒産を経験された方々、つつがなく現役を引くことができた面々、お互いに苦労はされてきたが、共通して言えることは、面白い時代に建設業に従事できたことである。このこと一点については、後悔の念はなかろう。
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