山本 カンボジアに埋まっている地雷は、どこの国がつくったものか分かっているのですか。
大谷 最初に地雷が使われたのは、ベトナム戦争からです。北ベトナムから南ベトナムの解放民族戦線に武器が流れているということで、アメリカはいわゆる北爆で北ベトナムを攻撃していましたが、実はホーチミンルートはラオス・カンボジアを経由して入っているということが分かったのです。それからラオス・カンボジアへの侵攻が始まりました。そのときから、アメリカ軍やベトナム軍が地雷を使用しています。
その後、ベトナム戦争でアメリカ軍が敗北して撤退し、カンボジア国内をクメール・ルージュ(ポル・ポト派)が支配していきます。その過程で、200万人とも300万人とも言われる知識人や親米の人たちが殺されました。ポル・ポト派内でも、仲間内での殺し合いがありました。
それに対して、もともとポル・ポト派だった現首相のフン・セン氏やヘン・サムリン氏など、いわゆる指導者たちが身の危険を感じてベトナムに逃れました。その後、ベトナムから軍を引き連れて、ポル・ポト政権を倒すためカンボジアに帰ってきたのです。そのため現政権の後ろにはベトナム軍がついており、ベトナムの地雷を持っていました。一方、ポル・ポト派には中国が後ろについていたので、中国製の地雷もあります。
ですから、現在地雷として残っているのは、アメリカ、中国、ベトナム、ソ連製のものが多いですね。また、カンボジアで内戦が起きたとき四分五裂で戦っていましたから、ポル・ポト派やベトナム軍、カンボジア政府軍などそれぞれが埋めています。
その地雷で今も被害を受けているのは、ほとんどがカンボジアの女性や子どもを含む一般人です。昔は軍人もいましたが、今ではまったくおりません。我々CMCは、地雷被害がもっとも多いと言われているバッタンバンという町に現地事務所を置き、活動を行なっています。
山本 想像はつかないと思いますが、カンボジアには地雷があと何個くらい埋まっているのですか。
大谷 もともと1,000万個とも言われていましたが、今残っているのはおよそ400万個から600万個だろうと推測されています。ただし、地雷撤去を行なう組織はいろいろありますので、残った地雷の正確な個数は何とも言えません。現地の人が、自分たちが耕す土地に地雷が埋まっているけれど地雷撤去要員が来るのを待てないということで、自分たちだけで掘り起こすケースもあります。危ないと思っていても、生活がかかっているのですから仕方ありません。このような現状ですから、政府の手が行き届いているとは言えません。
【文・構成:大根田康介、長嶋絵美】
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