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経済小説

大倉マン奮闘記・英国編(1)~ビートルズの街へ
経済小説
2010年9月28日 08:00
前回までのあらすじ
 29歳で大倉商事・西ドイツ支店へ勤務することとなった若き商社マン・御厨幸弘。高速道路「アウトバーン」を疾走し、西欧数カ国を股にかけた西ドイツ勤務は1年で終わり、イギリス・ロンドン支店への転勤が命じられた――。

<日本初の海外支店>

イギリス 1983年初夏、御厨はロンドン・ヒースロー空港に降り立った。彼にとって、イギリスは「第2の故郷」。学生時代の海外放浪の際、イギリスに長期滞在したという。「また、戻って来たのだ」と、懐かしいロンドンの街並みに目を細める。青春時代に大きな影響を受けた街だった。
 しかし今度は学生ではなく、商社マンとしての滞在である。ロンドン支店は、1873年、大倉商事の創業者・大倉喜八郎が開設した。日本企業全体のなかで初の海外支店。由緒ある支店というだけでなく、社の海外ビジネスでも重要な役割を担っていた。
 職場における立場も変わった。ロンドン支店では機械部門・英国人スタッフ数名を部下に持つマネージャーに御厨は就任した。
 ロンドン支店があったのは金融街シティー。機械部門のほかには鉄鋼、物資、経理・財務、通信などの部署に分かれた布陣であった。
 「デュッセルドルフ時代の一兵卒とは違う」。重くなった責任、不安を抱えての赴任であったと御厨は回顧する。

 そうした仕事でのプレッシャーを軽減するためにも、プライベートをなるべく充実させるのが、大倉マン・御厨の知恵だ。
 御厨は住む場所にこだわった。ビートルズ・ファンの彼は、アビーロード付近で住居を探した。アビーロード――、ビートルズのメンバーが裸足で横断歩道を歩いているLPジャケットの写真を撮った場所と言えば、分かる人も多いだろう。今でも、世界中から訪れたファンが、裸足で歩いて記念写真を撮っている。ちなみに、その横断歩道のすぐそばにはビートルズが楽曲を収録したアップルスタジオがある。結果、付近のハミルトンテラスという地区でフラットを借りることとなった。

 当時、ほかの日本人商社マンは、ロンドン郊外の庭付き一戸建てに住むことが多かった。一方のハミルトンテラスは高級住宅地フラットでも非常に家賃が高かった。会社の補助もあり、なんとか住むことができたというのが実際のところである。
 しかしながら、御厨は念願が叶い、仕事に対するモチベーションも一気に高揚した。金に困っていた留学生時代とは比べ物にならない待遇である。何より、地下鉄通勤で利用するセントジョーンズウッド駅の途中、『アビーロードの横断歩道』を通って行くことが何よりも嬉しかった。

(つづく)

【文・構成:山下 康太】

<プロフィール>
御厨 幸弘 (みくりや ゆきひろ)御厨 幸弘 (みくりや ゆきひろ)
1952年9月4日佐賀県生まれ。71年、佐賀県立佐賀北高校卒。77年、東京経済大学経営学部を卒業し、大倉商事(株)へ入社。数々の海外駐在勤務を経験する。93年、同社を退社し、(株)岩田屋の子会社にあたるiDSトレーディング(株)へ入社。95年、同社を退社し、96年、(株)ミックコーポレーションを設立。現在に至る。


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