はっきり言って、大阪地検特捜部の前田恒彦検事一人の問題ではない。特捜検察の手法が行き着くところまで行き、ついに断罪されることになったのだ。大阪地検特捜部だけの特殊ケースではあり得ない。同じDNAは東京地検特捜部にも流れている。
あらかじめ決められたストーリーに沿った証拠だけを集める。検察の協力者を仕立てあげ、その人物の供述をもとに「上位」の人間を陥れる。郵便割引制度を悪用した偽造証明書発行事件で、大阪地検特捜部はこんな手法をとった。
上村勉係長を誘導して作成した供述調書をもとに、厚生労働省のキャリア官僚である村木厚子課長(後に局長)を狙い撃ちしたのは、そんな定石のやり口である。霞が関の現職局長をあげれば、大阪地検特捜部としてはまずまずの戦果だっただろう。
ところが、もともとでっち上げだから、細部をつめればつめるほど、齟齬をきたしてしまう。前田恒彦検事が押収品のフロッピーディスクのデータを改竄する誘惑にかられるわけである。
東京地検特捜部はこれと同じ手法を4年前の2006年に大胆に採用している。
堀江貴文氏が逮捕されたライブドアの粉飾決算事件では、同社のナンバー・ツーで最高財務責任者(CFO)として財務部門を所管していた宮内亮治氏(懲役1年2カ月の有罪判決が確定)が検察側の重要な証人だった。宮内氏らの供述をもとに作られた検察側の冒頭陳述には、「そんなに儲かっちゃうの。そりゃー凄いねえ」「またまた儲かっちゃうかもしれないね。そしたら上方修正だね」「いいんだよ。強気、強気」などという堀江氏の発言がちりばめられ、堀江氏主導の事件という構図が描かれた。実際、これらの台詞は彼がいかにも言いそうで、民放各局は当時、飛びついて面白おかしく報道している。
検察が描いた事件の構図は、堀江氏が好業績を見せかけるため、株式交換で発行した株を手持ちのファンドに託し、時期を見て株を売って、その売却代金をライブドア本体の売上高・利益に計上する、というものだった。事件のスジ自体は、おおむねその通りなのだが、検察がまったく不問に伏したことがあった。この資金環流の過程で少なくとも1億5,000万円が消え、宮内氏とライブドアファイナンス社長の中村長也氏、元ライブドア幹部でエイチ・エス証券の野口英昭氏(後に沖縄で自殺)が懐に入れたということである。このほかにも宮内、中村両氏は4,000万円を私的に流用し、各自のフェラーリ購入に充てていた。
公判では、こうした宮内氏らの横領疑惑が、堀江氏の主任弁護人の高井康行弁護士の手によって明らかにされた。宮内氏の取り調べを担当した藤野晃俊検事は捜査の過程でこうした事実を知り、宮内氏に対しても「これは横領じゃないか」とたずねている。だが、宮内氏が「これは借りた金で返すつもりでした」と釈明すると、それだけで済んだ。高井弁護士は「宮内が堀江に不利な、検察の望む供述をすれば、宮内を横領や背任で捜査・起訴の対象にしないと思わせたのではないか」と見る。横領や特別背任は証券取引法違反よりも重い罪である。