今回は、ある中洲嬢から聞いた若かりし頃(今も若いが)のエピソードをひとつ。バイトでぼったくり店の客引きをやっていたというアブナイお話である。
A嬢は18歳の頃に学校を辞めた。遊びたい盛りのお年頃である。お小遣い稼ぎに何かバイトを始めようと考えた。手にしたのは街で拾った高級バイト情報誌。日給10万から20万円という宣伝文句に胸がときめく。しかし、その大半は風俗業。「そこまではしたくない」というA嬢は、似たり寄ったりの文面を吟味しながら、客引きのバイトを見つけだした。
早速、電話で応募して面接へ。もちろん親には内緒だ。容姿がいいこともあってか、あっさりと採用。早速、その日から働くことになった。「その前に目を通すように」と、一冊のマニュアルが渡された。なかには「泥酔した客を狙え」「絶対に連絡先を教えないこと」といった内容が書かれてあった。
報酬は客から巻き上げた金額の20%。"ぼったくり"であることは、うすうす勘づいていたA嬢だが、罪悪感よりも物欲の勝った。マニュアルをバックにしまい夜の街へ飛び出した。しかし、このときマニュアルを熟読しなかったことでA嬢は手痛いしっぺ返しに見舞われることに...。
仕事は順調にいった。「一緒に楽しいことしようよ!」との誘いで、泥酔した男性を次々と悪魔の巣へと追いやった。一日で100万円を稼ぐこともあったという。そんな日は、高級焼肉をたらふく食って、2~3万はかかる距離をタクシーで帰宅した。そして、ブランド物の服やバッグを次々に購入。およそ同世代ではありえないほどの金遣いの粗さだった。
因果応報の日がやって来た。
いつものようにA嬢が街頭に立っていると、突然、スーツ姿の男性に肩をつかまれた。「おまえ、×××やろ!」。マニュアル通り、相手を変える度に名前を変えていたA嬢はしらを切る。おそらくは、ぼったくりの被害者だろうが、数が多く顔までは覚えていない。ところが、男性が突出した携帯電話の画面を見て、一気に青ざめた。ディスプレイには、店で騒いでいる自分の姿が。知らない間に写真を撮られていたのである。
その後、人通りのない路地に連れていかれ、ありったけの暴行を受けた。顔が腫れ上がった。付近に落ちていたビール瓶で何度も殴られた。死ななかったのが奇跡と言ってもよい。心底、恐怖に震えたA嬢はフラフラになりながら雇い主の事務所へ行き、「辞めたい」と伝えた。店側もあえて止めず、治療代として20万円を渡したという。警察に駆け込まれることを避けるためだ。
帰宅後、母親からこっぴどく叱られた。突然、派手になった服装を見て、風俗で働いているのではと、母親は危惧していた。A嬢は"そういうこと"にした。真実は決して言えない。その後、半年ほど、恐怖で家から一歩も出られなくなったという。
A嬢が見落としていたマニュアル。そこには「仕事の際は常に場所を変えること」「写真を撮られないよう細心の注意を払うこと」と書かれてあった。
長丘 萬月(ながおか まんげつ) 1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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