今回の世界的な金融ショックの影響からファンドバブルが弾け、マンション業界は再び厳しい時代を迎えている。1990年代のバブル崩壊より深刻と言われる今回の状態をどう捉えているのか。長年業界に携わってきた3人の経営体験をもとに、今後の状況を展望してみる。
<需要が維持できなかった 今回のバブル>
―約20年前のバブルと今回のファンドバブルでの、一番の違いは何でしょうか。
A氏 前回は、土地価格の上昇が止まらず政府や金融機関が危機感を持ち、総量規制などで網を掛けたことで土地価格の上昇が止まったことと、金融機関もいわゆる投資案件への融資を絞ったことなどで生じたわけですが、幸いなことに実需と言われる需要は維持できていたのです。
ですから、ファミリータイプの実需型マンションは売れていました。とくに、土地価格が下がったことで買いやすくなり、郊外型のローコストなんかは逆に売れ行きが良くなったほどでした。
―福岡でも、一番販売数が多かったのは、バブル崩壊後の1994~96年頃でしたからね。
B氏 たしかに、バブル崩壊により不良資産と言われる物件を抱え、厳しい状況にはなりました。しかし、不良資産化したのは都心部が中心で、この分を持っていたところは苦しかったのですが、郊外型を中心に実需層が崩れなかったので、今回のようながんじがらめの状態ではなかったですね。
C氏 バブルが弾けたといっても、景気はまだそこまで落ちていませんでしたし、逆に価格が下がったことで『買いどき』と、購入意欲は落ちませんでしたからね。
バブルが崩壊してすぐに打撃を受けたのは、不動産関係に融資していたノンバンクとデベロッパー。とくに、都心部を中心とした開発系でしたね。しかし、じわじわと経営を圧迫していたのも事実ですね。
B氏 それでも、マンションは売れていましたから新しい会社が出てきたりもしましたし、今のように業界全体が落ち込むということはありませんでした。
A氏 住宅の取得意欲は落ちていませんでしたからね。金利も下がりましたし、マイホーム購入のチャンスととらえていた人も多くいましたよ。
―第一次バブル崩壊後に設立されて、活躍しているデベロッパーも多く出ました。亡くなられましたが、作州商事の城戸さんなどは「バブル時代の傷がない我々はチャンス」と公言して、積極的に伸ばしましたから。
A氏 ほかにも出ましたね。理研ハウスなどは、その典型かもしれません。一気に伸ばしましたから。
C氏 そうしたことも、購入意欲が落ちなかったことと、金融機関も実需に関しては融資体制を崩さなかったことも後押ししてくれました。ゼネコンも協力的でした。
ところが、今回は金融機関が非常に厳しくなっており、ゼネコンも協力できない状態ですから、どうしようもありません。
B氏 前回のバブルのときは、それぞれの所得も上がり、消費意欲が非常に上がった時期でしたので、まだ一般消費者にも余裕があったのです。
ところが、その後景気が回復したといっても、それは従業員の削減や派遣への切り替え、給与カットなどのリストラによるものでした。大手を中心に経営はスリム化されて良くなりましたが、一般の人たちの給与は上がらないし、雇用も難しくなるというなかで、ファンドによる投資用を中心に土地が上がっただけで、一般の人たちは一部の人をのぞいて何の恩恵も授かっていないのです。
ですから、4~5年前に『活気が出てきましたね』と言われても、実際は販売数も伸び悩んでいましたし、投資案件が多くビルなどもよく建っていましたが、実需はあまり良くなかったのです。ただし、金融機関からの調達だけでなく、SPCなどを含めて事業のスキーム手段が増えたので、やりやすくなっていたのはありました。
B氏 一般需要は、14~15年前から落ちていたということを認識できていなかったのですね。
A氏 それが、ファンドバブルが弾け、金融ショックの影響でさらに経済が落ち込んだことで需要が一気にしぼんでしまった、という感じです。ですから、今回の方が業界にとっては非常に厳しいでしょうね。
【聞き手・構成:石崎 浩一郎】
【参加者】 |
<A氏> 30年以上にわたって業界を経験。かつては福岡を代表するデベロッパーに成長 <B氏> 第一次バブル崩壊により、金融機関との折衝で苦労し、再スタートも失敗に <C氏> 20年前に、当時福岡を代表するデベロッパーに勤務。その後独立して事業展開 |
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