きのう飲んだ店で、ある常連客を中心に賑やかかりし昔の中洲話で盛り上がった。
「あの頃は、飲みに来たら○○ビルから一歩も出らんかったね。6階の店を出たら4階の店へ。その店を出たら隣の店へ」。
小生が「いっそのことその中洲のビルに住めたら最高でしたね」と言うと、常連さん「そりゃあね。しかし、逃げ場が無くなるなあ...」。たしかに、そうかもしれない。日常品の買い物から架空請求まで、何かと営業に弱い小生。もしも飲み屋のビルに住んだとしたら、自己破産のうえにアル中入院のおまけがつくのは間違いない。
思い出話は続く。ある日、福岡へ来たお得意先が「どうしても中洲で飲みたいから案内しろ」と言ってきた。その日は日曜日。中洲の店はたいてい休みで、飲み歩きのレパートリーにも日曜やっている店は入っていない。そこで、行きつけの店のママに電話をし、開いているスナックを紹介してもらった。接待は無事成功。翌日、そのスナックから紹介したママに菓子折りが届いたという。「今じゃ珍しいけど、そんなのは当たり前だったんですよ」と、懐かしむ声。昔に比べてだいぶ希薄になった店同士のつながりを嘆く声は少なくはない。
【長丘 萬月】
長丘 萬月(ながおか まんげつ)
1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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