<仙台の既存ビル>
当社が仙台市内で仕入れたオフィスビルの売却予定が延期となっていた。買い手は新興の上場不動産会社で、物件を仕入れてリニューアルして転売するというビジネスモデルで急成長していたエルグランドであった。
営業担当の役員はなかなか厳しい状況は率直に報告したがらないものだが、平成19年の暮れくらいから先に述べたような変化が起こってきた。
それに加えて、営業から仕入稟議が回ってくるが、この頃より仕入れ値がとみに高くなってきた。
銀行はまだまだ積極的で、融資実績を獲得しようと盛んに営業をかけてきていたが、だんだん、その価格では当行は受けられません、という反応が増えてきた。特に、信託系は不動産に向き合っていた長年の歴史に培われた市場観の故か、平成19年あたりから、まったく価格が合いません、といってきた。
そのうえ、仕入れようという土地の内容が、人口30万人程度の都市の物件だったり、出口はネット利回り5%程度で新興のファンドが買う、という前提の物件だったりした。たしかに、地方の中核都市でも都心のごく限られたエリアではそのような投資は成り立つが、そんな物件は本当に限られるし、だいたい30万人の地方都市の物件の利回りが、人口140万人の福岡市の2年前の物件と利回りで同等、というのは異様であった。
そのような懸念を感じたので、私は、地方都市の開発物件について妥当な利回り基準を設定するよう江口常務をはじめとする幹部に何度も依頼していたが、なしのつぶてであった。「買い手がつくから」「ファンドの買い付けをもらっているから」「そんなこといっても物件が逃げてしまうから」というだけであった。私も、事業計画に見合った用地取得の必要性は認めていたため、出口を確定させたうえでの用地取得であるとの説明を受ければ、否定する理由はなかった。
都銀の融資で仕入れた福岡都心部の地は、立退交渉に手間取り、もう半年も着工が延期されていたが、これまではすんなりと借り換えさせてくれていた。しかしそれも平成19年秋の借換えは、融資実行まで、やや難航した。その他の土地の仕入資金も、融資は受けられたものの、工事代金の融資の実行のためには、竣工後の物件の売買契約を締結することが必要、という条件付融資が増えていった。
平成19年12月の取締役会で岩倉専務が、証券化して開発する予定で仕入れた物件を、最後まで自社で抱えて開発することに切り替えたいと申し出た。これはさすがに無理なことで、あくまでも平成20年3月末までに証券化する方針を再確認した。しかし、その後、福岡都心部物件の出口先として予定していた外資系投資銀行から、値下げの要求が入きた。状況が明らかに変化し始めたのはこのときである。
エルグランドが決済延期を申し入れてきたのはそのような時期であった。
当初の1月の決済予定は、覚書を締結のうえ2月に延期した。しかし、その2月の決済も難しいと言ってきた。その後、エルグランドの社長が、単身、黒田社長を訪ねてこられた。同社長は、早速鞄より1枚の書面を取り出し、言った。
「このとおり、仙台のビルは、当社でリノベーションしたあとの買い手がすでについております。資金も、銀行とノンバンクと交渉しており、3分の2くらいまでは融資がつきそうです。また、これは表立っては申し上げられないことですが、弊社は3月末に増資を予定しておりますので、それで資金を確保し、決済することができます。何とか、3月決済への延期を了承していただきたい。手付金10%については、すぐにでも支払うことができます」
この物件はたまたま手付金なしで契約していたが、手付金付の契約に切り替えれば、買い手は、手付金を無駄にしたくないので、必死で履行しようとするだろう。エルグランド社長はそれをするという。
「わかりました。それでは、決済を3月に延期いたしましょう。しかし、弊社も業績達成がありますので、3月の決済をそれ以上延期するわけにはいきません。しかし、売掛金が残る不動産売買では、会計監査を通りません。何がなんでも決済資金を準備していただき、さらに、万一売掛金が残る場合に備えて、無担保の物件があれば押さえさせていただきたい」
「それであれば、区分所有権(分譲マンションの1区画)がいくつかあります。それに、新潟県長岡市に、リノベーションさえ行えば利回り15%以上になる小さなビルがあります」
「では、長岡市の物件は、東京支社から現調に行かせます」
黒田社長の胸中には、多少無理をしても、この物件はここでエルグランドに売ってしまわなければ売るチャンスを逃すだろう、という冷徹な判断があった。
黒田社長は、エルグランド社長に対しては終始いんぎんに対応し、会談後、同業の先輩社長として、エルグランドの創業社長を昼食に誘った。そこで黒田社長は、DKホールディングスは開発を中心に手がけていて(今回の仙台の物件は、転売という形になったが)通常は右から左への転売はしないのだと、こんこんと説いていた。モノ作りにこだわりのある黒田社長は、常々単純な転売で稼ぐ不動産会社を軽蔑していた。付加価値をつけていないではないかと。
しかし、DKホールディングスが開発を中心に手がけていることが、後になって、在庫不動産を売りづらい、という結果を生み、比較的早期に民事再生を出さざるを得なかったのは皮肉なことである。いっぽうで、ここに出てくるエルグランドを含め、転売中心の不動産会社のいくつかは、DKホールディングスよりも早くから、危ない危ないといわれていたが、実際には当社以上に命脈を保った。在庫不動産が家賃を生んでいる既存物件ということであり、強力な営業力で投資家に当たって何とか売り抜けてきたのであろう。更地あるいは工事中の土地をすぐ売るというのはそれよりも難易度が高い。それにしても、アルデペロ、コンポストなど逆風のなかでも売り抜けていった転売型不動産会社の努力には頭が下がる思いであった。
エルグランドの決済延期の報に接し、「上場会社が決済延期なんて」と、役員一同、衝撃を受けた。
その後、3月末のエルグランドとの決済は、約4,600万円の売掛金を残して完了した。その際は、経理部長が相手先まで出張し、無担保の区分所有権などの権利書をいくつか預かってきた。そして、翌月には売掛金の回収が完了し、無事満額の売上計上が可能となった。
〔登場者名はすべて仮称〕
(つづく)
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