もうひとつの売却候補先、東京の倉庫会社には、この取引先と懇意にしているX取締役が出張していた。ここも、1年以内の買戻特約をつけろとか、交換条件としての他の不動産を買ってくれ、というようなことをいってきた。これまで何のために、優良物件の提供やサブリースでこの顧客を優遇してきたのかと憤りを感じたが、現実は受け入れざるを得ない。
東京支社と本社を結んだテレビ会議が開催された。
「と、いうことは無理、ということだね」
と黒田社長は確認した。
「はい、無理です」
とX取締役。
「石川取締役、これを売り残した場合の業績予想は?」
「IRの観点からいえば、仙台のビルの値引きがなければギリギリの増益で、計画も若干下回るがほぼ達成になります。しかし、財務の観点からみたら、この物件は土地分の6億しか借りていないため、しばらく抱えるとなったら建物分の借入に動かなければなりません。銀行からは今も毎日、ホテルファンドとの決済打ち合わせの催促があります。それを断って、ホテルファンドとの決済が無理になったことを報告し、さらには建物工事代金7億を追加で出してくださいとお願いする必要があります。もちろん銀行とは工事代金の枠はとってありますけど、これまで3月中売却を予定して走ってきていますので、厳しい交渉になると思います。6月までに工事代金の融資が出なかったら、その後の資金繰りは厳しいものになります」
と私。
「それでは、大分ホテルは今期の売却を断念することとする。私は至急、ホテル運営会社に依頼し、4月中には大分ホテルを稼動できるよう準備を急ぐこととする。そうして稼動率を高めて、半年以内を目標に改めて売却先を探すこととしたい」
と黒田社長。
悲壮な覚悟で営業に向かっていたX取締役ら営業メンバーは、一様に安堵の表情を浮かべていたが、私は、今後の銀行との折衝を想起し、不安を感じざるを得なかった。大分ホテルの工事資金の融資を出してもらうことは、平成21年3月期最初の資金繰り上の難関となった。
〔登場者名はすべて仮称〕
(つづく)
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