2007年度の政令都市における施設稼働率(水源能力に対する1日最大給水量の割合)を水道統計で求めると、千葉、浜松、さいたま、仙台市が75%以上、東京・横浜・名古屋市71%、大阪市59%、北九州市49%、福岡市57%と、何れの都市も余裕ある施設運営がなされている。施設稼働率は高い方が、無駄な投資をせず無難な経営をしていることになるが、逆に渇水に対する余裕はないことを表す。この余裕が、新たなダム建設を無駄な投資と考えさせ、ダム建設を止めようとしているのである。
1994年渇水時の福岡市の取水率は、既得水利権量の僅か44%しかなかった。この44%以下の施設稼働率を持つ政令都市は皆無である。異常気象の中、大干ばつは、いつどの程度の規模で襲ってくるか判らない。既得水利権を再計算し、どの程度の渇水に耐えられるか、各水道事業体は検討し、市民に公表する必要があろう。
福岡市のマスタープランでは、既得水利権の利水安全度10分の1(45カ年の5番目渇水年)時の安定取水率(許可水利権量に対する安定取水量)を61%として、不足水利権量を補う新規ダム(大山ダム、五ヶ山ダム)の開発に努めている。
今、話題になっている利根川水系八ッ場(やんば)ダムの場合、大臣建設中止命令に対し、1都5県の利水者が既納の建設負担金を還せと云っていることが話題になっているが、すでに利水者に与えている暫定水利権をどう解決するかが問題である。
八ッ場ダム(総貯水量1,075億トン)の開発水量は22.2トン/秒で、その58%にあたる12.9トン/秒が上水・工水の暫定水利権量としてすでに与えられている。これは、ダム事業に共同参加している1都5県の需要増に対し、ダムの完成が遅れているため、河川管理者がダム完成までの間、暫定水利権として認めているものである。ダム建設が中止、停止すると、暫定水利権は取り上げられることになる。そうなると首都圏の千葉、さいたま市が持つ施設稼働率では、渇水対策は大丈夫と胸を張っていえるか、甚だ疑問である。67年にダム建設決定してから40年、水没者の集団移設も終わろうとするなかで、八ッ場ダムは中止出来るのか、治水、利水の2方向から注視しなければならない。
ダムの治水効果には触れなかったが、ダムの土砂流出阻止例を終わりに紹介したい。
2度も激甚災害となった福岡県管理の御笠川は、ダムが無いため下流被害を大きくしたとされている。でも、上流には北谷ダムがある。私は、2000年災害の数日後、北谷ダムを見に行った。ダムへの道路は土砂に埋まり、長靴を履いて泥濘ながらダムサイトまで登った。その光景は酷かった。湖面は流木と赤い土砂で汚れ、上流に見える3つの沢は土石流で地肌が剥き出しとなっていた。北谷ダムは、この土石流を食い止め、下流の新興住宅地への災害を止めていた。ダムがなければ、土石流は家屋を壊し、死者を出していたであろう。北谷ダムは砂防ダムを少し大きくした生活用ダム(総貯水容量25万トン)であるが、太宰府市の上水道の水源であると同時に、砂防ダムとして太宰府市民の命と財産を守ったのである。御笠川災害といえば、博多駅周辺の水没、雨水幹線の整備、雨水貯留槽の建設は報じられたが、この北谷ダムの治水効果についての報道はない。
【作者略歴】
藤井 利治(ふじい としはる) 1944年(昭和19年)9月生まれ。九州大学工学部卒業。福岡市入庁後、福岡地区水道企業団理事、下水道局長、土木局長、水道事業管理者、福岡アジア都市研究所副理事長などを歴任する。2001年、渇水と節水をテーマにした論文で、福岡市職員では初となる工学博士号を取得。著書に『水を嵩(かさ)む』(文芸社刊)がある。
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