<マクロからミクロまで アートに浸れる空間>
この島の魅力を語るうえで、外すことのできない最大のキーワード、それは「現代アート」である。
同島では、(株)ベネッセホールディングスと(財)直島福武美術館財団によるさまざまな現代アート活動―「ベネッセアートサイト直島」が展開されており、島内各所にアート施設が点在する。
まず、何と言っても圧巻なのは、「自然と人間を考える場所」として04年に設立された「地中美術館」。同美術館では、かの有名なクロード・モネの「睡蓮」を始め、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの作品が、建築家・安藤忠雄氏設計の建物に恒久設置されている。建物自体は直島の美しい景観を損なわないために地下に埋設されて設計されているが、それでいて積極的に自然光を取り入れる造りになっており、時間の経過や季節の移り変わりとともに、作品や空間の表情が刻一刻と変わっていく特徴を持っている。アーティストの作品と建築家の建物とが、せめぎ合いながらも調和し、ある種の神聖な雰囲気をつくり出している。まさに、直島におけるアートの中核施設と言える存在である。
直島の本村地区において展開されているアートプロジェクト「家プロジェクト」も、大きな見どころのひとつ。これは、この地区にもともとあった空き家を改修などによってアーティストが作品化したものであり、「アート」「建築」そして「地域」がコラボレーションした7軒の作品群となっている。
たとえば、そのうちの1つ、家プロジェクトの第1号「角屋」は宮島達男氏の作品であり、内部が改装された古民家の室内に広がるプールには、LEDのカウンターがまるで小宇宙のように沈められている。このカウンターのスピードは一つひとつが島民の手によって設定されており、「アート」と「地域」がうまく融合している一例である。
「南寺」は、かつてお寺があった場所に建てられたもので、安藤忠雄設計の建物のなかにジェームズ・タレルの作品が設置されている。内部に入ると完全なる闇に包まれ、時間の経過とともに光の存在を自らの体験を通じて感じることのできる作品である。これら「家プロジェクト」は純粋にアートとして「場」を楽しむだけにとどまらず、地域の新たな「顔」としてうまく根付き、融合・昇華している。
美術館とホテルが一体となった「ベネッセハウス」は、「ミュージアム」「オーバル」「パーク」「ビーチ」の4棟から構成される。作品は館内の展示スペースだけにとどまらず、至るところに設置されている。たとえば、館内の壁に目立たずひっそりと「雑草」が生えていたりするが、実はこれも立派な作品のひとつで精巧に作られた木彫の「雑草」なのだ。このように、館内はもちろん施設を取り巻く外に至るまで各所に作品が散りばめられていて、何とも飽きさせないつくりになっている。
「李禹煥(リ・ウーファン)美術館」は、国際的に評価の高い韓国のアーティスト・李禹煥の作品を展示している。ピンと空気が張り詰めた館内に並ぶのは、要素を最小限までそぎ落とされた作品の数々。日常から断絶されたような空間のなかで人間の内と外とを意識し、無限を感じさせてくれる場所である。
変わり種として、「直島銭湯『I♥湯(アイラブユ)』」がある。これは大竹伸朗氏が手がけた実際に入浴ができる美術施設で、湯船に浸かりながら浴槽や風呂絵、モザイク画などのアート作品を全身で感じることができる。港に近く、観光客が帰りの船を待つ間に立ち寄れるほか、地元の方からも気軽に利用されていて、なかなか人気のようだ。
これらの施設では、世界に名だたるさまざまな一流アーティストの作品を目で見、肌で感じることができるため、連日多くの観光客が訪れているようだ。
しかし、直島がスゴイのは、それら強力なアート施設の「点」の威力だけに留まらないところにある。それらを結ぶ動線上―島内の至るところにアートな仕掛けが施されており、「点」から「線」、そして「面」としてアートな空間を形成しているのだ。
さまざまなアーティストが屋外に設置している作品のほかにも、民家の玄関口に掲げられている「屋号」や「のれん」、随所に散りばめられたちょっとしたアート作品、島内に移り住んだアーティストが開いている個展、路地を入り込んだところにたたずんでいるカフェなどなど。まるで、直島という「アートの結界」に囚われたような気分にさえなってくる。しかも、我々からすると非日常的なはずのその空間が、好奇心を大きく刺激すると同時に、何とも言いようのない安らぎを与えてくれる。
このマクロからミクロまで全身でアートに浸れる空間こそが、人々を惹きつけてやまない、直島の魅力のひとつである。
【坂田 憲治】
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