<ブレない信念 手段と目的を明確に>
ここまで、現在の直島が形成されてきた経緯を見てきたが、「地域振興」の観点から見た場合の直島はどうであろうか。ベネッセホールディングス直島事業室長の笠原良二氏は、次のように語る。
「ベネッセから見て直島は、収益を上げる事業ではありません。ベネッセの企業理念である『よく生きる』を考え抜く場所として、直島を位置づけています。ここで『現代アート』を通じて『よく生きる』を考えるステージをつくり、アートのクオリティを高めていく努力を行なってきたことでそこに人が集うようになり、結果的に現在のように観光客が多数訪れるような島になっています。
ここで重要なのは、『手段』と『目的』の関係です。直接的に『人を呼ぼう』とか『観光客を増やそう』ではなく、そういう活動そのものがきちんとその地域に根付いていることが何よりも重要です。『この小さな島から世界に発信していこう』と、純粋にアート活動を行なっていたことが、結果的に『交流人口の増加』や『観光客の増加』にもつながり、さらには『経済的な活性化』にもつながっています。最初から『経済的な活性化』を目的としてやってこなかったのが、よかったのではないでしょうか」。
この直島の事例は、「伊勢神宮」をモデルとして考えるとわかりやすいかもしれない。歴史的に見ても、伊勢神宮は多くの人を集める場所であり、事実、観光客も毎年多数訪れている。しかし、伊勢神宮の神官たちは、何も「人を集めよう」と思って日々の神事を行なっているわけではない。伝統を守り、日々のお勤めをきちんと行なうこと、それを脈々と受け継いでいるのである。そこに人々が参詣し、結果的に多くの観光客が集まっているかたちである。
また、伊勢神宮の場合は本殿だけではなく、門前町の賑わいによる娯楽的要素も魅力のひとつである。これを直島に置き換えれば、本殿にあたる部分が「地中美術館」などの核となるアート施設であり、そのほかのアート作品や自然、町並みの賑わいなどが門前町にあたる。この関係性がうまく機能しているところが、直島のあり方なのかもしれない。
さらに笠原氏は、地域づくりにおけるポイントのひとつとして、「番付」の考え方を挙げている。「番付の何が良いかというと、『横綱』は『横綱』として評価し、『幕下』は『幕下』、『十両』は『十両』というかたちで、きちんとランキングを認識していることです。相撲でも横綱しかいなかったらつまらないですし、映画でたとえるなら『味のある脇役』のような存在も必要です。そのあたりの『配役の妙』も重要ではないでしょうか。
地域づくりでよく陥りがちなのは、ほかの地域に持っていけば『幕下』のようなものを、無理やり『横綱』に仕立てあげているようなことです。きちんと自分たちの地域を客観的な目で見つめ直す、外からを意識した視点も必要です」。
【坂田 憲治】
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