昨年11月、自民党・民主党・公明党の調整が暗礁に乗り上げ、自民・民主それぞれの陣営が候補者を出して争うことになった今春の福岡県知事選挙。ところが両陣営ともに今になっても候補者の選定ができていない。民主党側は中央菅政権の不人気から、厭戦ムードに覆われている。しかも連合サイドと自治労サイドの意見が合わず、候補者の名前すら出てこない。他方の自民党も麻生太郎元首相と古賀誠元幹事長の意見の相違から、小川洋元特許庁長官の名前が中途半端に出たものの正式決定されずに年を越した。
「小川洋候補でなんとかまとまると思っていたが、根回しもしないままに、麻生太郎氏と麻生渡県知事が動いたことで、自民党福岡県連の反発を招いてしまった。もう無理だね」とは、ある財界関係者の昨年末の弁。こうした状況を反映してか、「小川が消えたことで、誰の名前が出てくるか。自民党が候補者を決めれば、今の中央の政治情勢を受けて、その人物が知事になる」というのが地元記者のおおむねの意見だった。
ところが、自民党もシコリが残ったのか、県連会長人事でも番狂わせがあった。麻生太郎氏がなると噂されていたにもかかわらず、ふたをあけたら武田良太衆議院議員が自民党県連会長になった。山崎拓氏の巻き返しといわれているが、このことも福岡県の自民党の複雑な党内事情を物語っている。候補者の名前が出てこないのも当然といってよいだろう。
こうしたなかで、またぞろ小川氏を擁立しようという動きが出てきた。どうも背後にいるのは、小川応援団として、積極的に動いている経済産業省の役人連中とその意を受けた九州財界の一部の人物だ。再び財界と連合の調整をすれば、潰れた自民・民主統一候補として、小川氏が復活するというのが彼らの論理。その中心人物がJR九州会長の石原進氏である。連合に小川擁立を呑ませるとともに、九州電力の松尾新吾会長にも連合との合意を迫っているといわれる。
さらに一度は小川擁立で動いた麻生太郎氏も統一候補擁立劇に担ぎ出せるのではと石原会長は思い込んでいるらしい。そうなれば自民党福岡県連も反対できないというのが彼らの筋立てだ。ちなみにこの状況を見た麻生渡知事は、「このまま候補者が決まらなければ自分が出てもいいと呟いている」という話まで出てきた。
そもそも小川氏の名前が知事候補として挙がったのは、当の小川氏が中央官僚の職歴を生かして天下り先としての福岡県知事になりたくてしょうがないということがある。元内閣広報官のキャリアを持つ小川氏は麻生太郎氏と強いパイプを持つと同時に、特許庁長官という麻生渡知事と同じような経歴を持ち、麻生知事との関係も強い。知事になって退官後の閑を持て余す日々を一変させるというのが、本人の夢らしい。だが、官僚が自らの天下り先に知事の椅子を考えるというのは、少々ムシがよすぎるというものだろう。ともかく小川氏が出身母体の経済産業省の事務次官に泣きついて、九州財界に圧力を加えたのが11月下旬の擁立劇の裏にあった。
九州電力をはじめとする九州財界にとっては、経済産業省の覚えを目出度くできれば、今後の自分たちの立場も変わると勝手に思い込み、麻生太郎氏や麻生渡知事を巻き込んで小川擁立に手を貸すこととなったのだが、そもそもそのレベルで知事を決めるというのはいかがなものか。中央のひも付き官僚が知事では、地方の時代の旗手ではなんとも覚束ない。しかも、財界と連合がその応援母体ときては、行政改革も財政改革も最初から投げ出したお飾りの知事が誕生することは明らかだ。
いまや政治家よりも政治的に動いている石原会長だが、経済人が政治に口を出すのはいかがなものか。九州新幹線の鹿児島-福岡直結をもってJR九州が持てはやされることで、何か自分が世のなかを動かしているような気になったのだろうが、素人の火遊びのようなことはご遠慮願いたい。知事を決めるのはあくまで県民であり、自民党、民主党の推薦を受けた候補が政策を打ち出し、県民の審判を仰ぐという原則こそが今、問われているのである。