美味いものは人を呼ぶ。福岡から近く、自然が豊かな糸島。この地をさらに魅力的なものにしているのが、糸島の美味いものである。海辺の道を進むとひときわ目立つ卵の看板、「つまんでご卵」の(有)緑の農園代表・早瀬憲太郎氏と今年3月、糸島市志摩久家に僧伽小野(さんがおの)をオープンした(有)ディーディーカンパニー代表取締役・小野孝氏に糸島エリアの魅力と食と観光について語っていただいた。
<福岡からの客をとりこに こだわりを貫く>
早瀬 東京でサラリーマンをしていたのですが体を壊したことがきっかけとなり、幼い頃からの夢だった養鶏業を始めました。始めるときには妻の反対が予測できたため、なだめる意味もこめて妻の出身地である福岡でスタートを切ることになったのです。私は岐阜出身ですし東京で働いていましたので、妻は福岡で生活ができるとは思っておらず、一転して喜んでくれました(笑)。糸島を選んだのは、こんな偶然だったのです。霜が下りず、温暖な気候であるという地の利は考えていましたが、まさかここまで事業に適した場所とは思っていませんでした。
小野 事業に適するというと、どのようなところのことでしょう。
早瀬 糸島は福岡からのドライブコースになっていたのです。志摩半島は海がとてもきれいですから、週末になると多くの方が福岡から足を運んでくださいます。その際に店に寄ってもらって卵を直接食べてもらうことができました。お客さまと直接接して、生の声を聞くことができたというのは、私にとって大きな経験になりましたね。そのお客さまがリピートしてくれて、さらに口コミで宣伝までしてくれます。福岡が近いということ、糸島が魅力的な観光地であったことは、思いがけない大きな利点でした。
小野 「つまんでご卵」は、今では糸島の名物になっていますね。私も今年3月、糸島に旅館「僧伽小野(さんがおの)」をオープンさせました。さまざまな形態の飲食店を中心に事業を続けてきましたが、飲食店のようなサービス業の究極は24時間安心安全なサービスを提供する場、つまり宿であると感じるようになったのです。8年前に思い立ち、由布院や黒川なども視野に入れて出店場所を探しました。その結果、糸島に決めたのです。私は日本料理の料理人ですので、新鮮な魚が手に入る環境は大事な要素です。また、自分でつくった野菜を振る舞いたいという気持ちも強くあって、畑も用意する必要がありました。その両方をかなえる場所がまさに糸島だったのです。
早瀬 野菜もつくっているのですか。
小野 まだ本格的に稼動しているとは言いがたい状態ですが、挑戦しています。自分たちが出した生ゴミを肥料にして、できる限り農薬を使わない野菜をつくり、それを提供したいという思いからのことです。また、やはり私の創業の地である福岡と近いというのも大きな魅力でした。福岡の各店と糸島の宿が結びつき、相互に有益な関係が築けたのです。
早瀬 新規で就農する方の多くが、売り方で行き詰まると聞きます。自分でつくった野菜を自分の旅館やレストランで提供するということは、出口まで確保できていることになりますね。売ることを念頭に置くと、かたちを整えなくてはいけなかったり、除虫をしなくてはいけなかったりと、多くの薬剤を使わなくてはならなくなります。自分で使うのであれば、多少かたちが悪かろうと構わないのですから、思う野菜がつくれるということになりますね。それは持続可能なすばらしいアイデアだと思います。
小野 経営的にどう、効率的にどう、崇高な理念がどう、というよりも、子どもに食べさせたくなるような安心で安全でおいしいものをつくりたいという基本的な思いで取り組んでいます。ただそれだけなんですよね(笑)。
【文・構成:柳 茂嘉】
プロフィール
小野孝(おの・さとし)氏
昭和47年奈良県生まれ。大阪吉兆で日本料理を修業し、先輩弟子の独立開業を手伝うために博多へ。25歳のときに自身も独立、中央区舞鶴に「DINER'S ONO」を開店させる。以後、さまざまな形態の飲食店を展開し、2010年3月には旅館「僧伽小野」を糸島でオープンさせた。
早瀬憲太郎(はやせ・けんたろう)氏
昭和22年岐阜県生まれ。東京でサラリーマンを経験した後、幼い頃からの夢だった養鶏家になるため糸島へ。独自の養鶏技術で、黄身がつまめる卵「つまんでご卵(らん)」を開発。生産が追いつかないほどの好評を博す。
*記事へのご意見はこちら
※記事へのご意見はこちら