インフルエンザで倒れていたという話をある店でしたところ、「本当にもう大丈夫なの?」と不審がられた。というのもその店、インフルエンザには嫌な思い出がある。以前に全従業員が感染し、1週間ほど店を閉めていたことがあるというのだ。
その当時、最初はその店のチーママが体調不良を感じたという。ところが、常連の間では男勝りの気質で知られる彼女、それを単なる風邪と思い込み、病院には行ってもニンニク注射を打つのみ、つかの間の元気を取り戻しながら出勤していた。ただし、注射のドーピング効果は、営業の折り返し地点である深夜0時まで。さながらタチの悪いシンデレラだ。もっともその時間帯になると、フラフラするのは風邪なのか、酒のせいなのかがわからない。ど根性で1週間働き続けた。
そうこうしていると、彼女よりも先に店長が倒れた。休みを告げる電話では「病院に行ってみたら、インフルエンザでした」とのこと。時すでに遅し。受話器を置いて周囲を見ると、みんなゴホゴホいっている。「あんたたち、すぐ病院に行くわよ!」。
病院では医者との押し問答が始まった。何せきのうまで、「風邪だから」とニンニク注射を打っていた人物である。そのうえ、当時は新型インフルエンザの大流行で、検査キットやワクチン、タミフルなどが不足しているような状況だ。ニュースにあおられて、"とりあえず"の検診希望者も急増していた。
「あなたねえ、ちょっと風邪が長引いているからって、なんでもかんでもインフルエンザにしちゃ困るんですよ」と医者。一方の彼女も引き下がらない。「うちは、生まれてこん方、こがん長引く風邪をひいたことなか。とにかく診てくれんね!」と、押し通した。結果はクロ。ほかの従業員もことごとく感染していることがわかった。
その結果、とりあえず数日間、店を閉めることにした。唯一、ちょうどその期間が店の集客が落ちる大型連休に重なっていたことが、不幸中の幸いか-。なお、余談ではあるが、その少し前から海外旅行に行っていたママは、知らずに帰ってきて休業の貼り紙を見て、ドアの前で茫然と立ちつくしたという。
【長丘 萬月】
長丘 萬月(ながおか まんげつ)
1977年、福岡県生まれ。雑誌編集業を経て、2009年フリーライターへ転身。体を張った現場取材を通して、男の遊び文化を研究している。
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