「なぜ、情報公開協定を締結しなければいけないのか!!社長も反対しているぞ!!」と激しく詰め寄ったH株式会社ですが、当時の社長は、福岡市を揺るがす「ケヤキ・庭石事件」を起こしたS被告でした。
この事件が発覚したのは、たしか平成14年10月頃でしたので、この交渉の当時は、まだ世に明らかにはなっていない頃でした。今思うと、私との交渉にあたった社員のみなさんも、心のなかでは不安と苦悩を抱えて、辛い立場に立っていたのだろうと想像できます。
当時は、そのような事件のことなど夢にも考えていないし、まだ若くて血気盛んだった私は、そのような事情を慮ることができずに強く反発してしまい、社員のみなさんに申し訳なく思っています。
以前にもご紹介しましたが、北川正恭元三重県知事の時代に県政改革に取り組まれ、現在はニュースゼロのキャスターをされている村尾信尚氏は、著書の「役所は変わる。もしあなたが望むなら」(淡交社)のなかで次のように述べています。
「ところで情報公開について、これを否定的に受けとめる公務員もいるようです。情報公開でピンチにたたされる、と考えてしまうのでしょうか。しかし、情報公開は、むしろ公務員が安心して仕事をするためには欠かせないものと私は考えています。
役所の仕事には、今まで情報公開制度が不備であったため、ブラックボックスのなかでいろいろな要求・要望を処理せざるを得なかった面が少なからずあったことは否定できません。このようなケースで結果が裏目に出た場合、担当の職員が責任を追及され、その職員の生活が台なしになってしまうこともあり得るのです。これから情報はすべてオープンということになれば、外部から無理な要求をされても自分だけで問題を抱えておく必要はありません。このような意味で、情報公開制度によって公務員の悩みがひとつ消えていくことになるのです」(51頁より引用)。
このように情報公開が進んでいくことは、直接的には、市民と行政との「情報の共有」が図られるという効果をもたらすだけでなく、市政の公正性を担保するとともに、そのことにより、間接的に市職員など公務員の負担を軽くする側面もあるといえるのではないでしょうか。
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<プロフィール>
寺島 浩幸 (てらしま ひろゆき)
福岡県立修猷館高校、福岡大学法学部法律学科を卒業。1987年に福岡市役所入庁後、総務局法制課、人事委員会任用課、情報公開室係長、市長室経営補佐係長、議会事務局法制係長などを歴任し、2010年8月退職。在職中、主に法律関係の職務に従事するとともに、市長直属の特命業務や議員提案条例の支援を担当するなど、市長部局と議会事務局の双方の中枢業務を経験。
現在は、行政書士事務所を開業して市民の身近な問題の解決をサポートするとともに、地域主権の要となる地方議会の機能強化を目指し、議員提案条例アドバイザーとしても活動中。
<主な実績>
・日本初の協定方式による第3セクターの情報公開制度の条例化
・日本初のPFI事業(タラソ福岡)の破綻再生
・日本初の「移動権(交通権)」の理念に立脚した議員提案条例の制定支援
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