たしかに十数億円を出資してもらえれば、当社は当面の危機を回避できる可能性はあった。
ただし私自身は、この石油会社会長からの出資の案については、あまり現実的であるとは考えていなかった。理由は、増資額十数億円というのは不動産の販売予定価格の動きからみても、会社を危機から救いうるというよりは数カ月の間、会社を延命しうるという程度の金額であったからである。この程度の出資額では、その後すぐ次の増資を考えないと、せっかく出資していただいた資金を無為にすりつぶしてしまう可能性があると推定された。それに黒田会長以上の株主が出現することは、その後、次の増資をする人の意欲を削いでしまう可能性があった。私は黒田会長が、この石油会社会長に恩義を感じていればこそ、増資していただいた資金をすぐにすりつぶしてしまいそうな条件では、増資を受けることはないだろうと考えた。そうなれば、追加の増資はより難しくなり、結局は破たんを余儀なくされ石油会社会長にも迷惑をかけることとなると思われた。
しかし可能性を信じて、「この石油会社会長にアプローチするべき」という岩倉社長の意見もまた、最後まで希望を捨てたくないという強い気持ちの表れであり、無視することはできなかった。それに石油会社会長から、経営者の先輩として黒田会長に投げかけられた問いかけに対しては、両者の深いつながりがあるゆえ誠実に説明する義務があると感じたのである。
そこで私は、この半年間での不動産価格の下落の結果、会社の財務状況がどのように変化しているかを、物件ひとつひとつの販売予定価格の変化とともにわかりやすく整理し、資料を作成した。備考欄には各物件に対して、今どのような顧客がいくらでの購入意向を示しているのかも記載し、現在商談先がない物件については、その旨明記した。販売予定価格は当初予定、第1四半期決算時、監査証明をもらえる最低ライン、現状の顧客目線から導き出される現実的な価格の4つに整理した。それぞれの場合の当社の、今期売上げおよび利益、今期末の資金有高および純資産額も記載した。この資料をもって、黒田会長から石油会社会長に現況報告をしていただこうと考えた。
私は黒田会長に出来上がった資料を見せて、その内容を簡単に説明した。職務上、黒田会長に資料を使って何かを説明する機会はたくさんあったが、会長はいつも整理された資料を見るとほとんど瞬間的に要点をつかんでしまい、言葉で説明するまもなく結論を出してしまうことが多かった。このときも、黒田会長は、資料を見て即座に現実を把握した。
黒田会長は、資料を20秒ほど見つめ、その後、もう石油会社の話は脳裏から消え去った様子で述べた。
〔登場者名はすべて仮称〕
(つづく)
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