イザベルの株の買い方も、プロの投資家に好まれる立花証券における制度信用取引によった。立花を使うというのは、立花が敵対的な買い占め屋に寛容な社風があったからだろうと推測される。これまで村上ファンドがここを愛用してきたほか、ABCマート創業者三木正浩氏がTBS株を買い進んだときに使い、村上ファンドの残党がつくるエフィッシモ・インベストメントも立花に口座を開設している。数々の相場で名前があがるリクルート創業者の江副浩正氏も、創業者の石井久氏と親しい。
幻冬舎は2月15日の株主総会でTOBに応じなかった株主からも強制的に株を買い取れるよう、全部株式取得条項つき株式を発行できるよう定款変更を諮るつもりで、株主総会に出席できる株主を1月7日締め切った。ところがイザベルはその日までに信用取引で取得した株、つまり立花証券から融資を受けて買い集めた株の決済をしなかった。つまり、株は立花に担保にとられたままで、株の名義上の持ち主はイザベルではなく立花だった。
定款変更をするには、株主総会に出席した株主のうち3分の2超の賛成が必要だ。立花はこの賛否を揺るがす3分の1超の議決権を握ったのである。幻冬舎株を買い占めたイザベルではなく、イザベルの注文を取り次いだ証券会社が、株主総会の決議を制するという前例のないケースとなった。
見城氏ら幻冬舎サイドは立花証券の石井登社長に2度面談し、いったんは「総会に行く」と言っていた石井氏を翻意させ、結局、立花は幻冬舎の株主総会に出席することを見送った。もし立花が総会に出席して反対すればもちろんだが、反対しないで「棄権」しただけでも賛成票が出席株主数の3分の2超にならないため、会社側の提案は否決されてしまう。ところが来なかったので、総会は会社側提案が圧倒的多数で成立することができた。
臨時株主総会終了後のぶら下がり記者会見で見城氏はホッとした様子だったが、訳が分からないといった印象だった。「TOB期間中に3分の1を超える株式を取得するのも本邦初ですが、最後まで正体を見せないというのも本邦初。しかも取り次ぎ証券会社の立花証券が総会の成否を左右する3分の1超の議決権を持ったというのも本邦初。今回は本邦初というのがいろいろとありました」。見城氏を含む関係者の間では、訳が分からないという思いだけが残った。イザベル(及び立花証券)の保有株は最終的には、TOB価格の24万8,300円で買い取られることになる。だったらTOBに応じれば済んだ話である。
M&Aなど事業再編の要求を突きつけるのでも経営に参画する意向を表明するのでもなく、かつまた高値で売って巨額リターンを得ることが狙いともいえなさそうだ。辣腕編集者として有名で、ベストセラーを連発する快進撃の主・見城氏を揺さぶり、困惑させることだけが狙いとしか思えない敵対的な買い占め劇だった。
見城氏は記者会見で取り囲まれた記者たちに「いったいイザベルは誰なのですか?」と問われて、厳しい表情でこう語った。
「想像している人はいますが、確たることは申し上げられません」―。
【特別取材班】
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