東日本大震災一色の報道でほとんど話題にならないが、1980年代の都市型消費をリードしてきたパルコが落城寸前である。株を買い占めたイオンが、パルコの筆頭株主である森トラストと組んで現経営陣の総退陣を求めている。本邦では珍しい敵対的買収劇が成立する公算が高い。
流通業界のなかでパルコはひときわ異彩を放ってきた。西武百貨店や西友などとともに堤清二率いるセゾングループの一角を占めてきたが、経営面の自由度は高く、パルコは独自路線を歩むことを許されてきた。若者向けのファッションやアクセサリーを充実させる一方、PARCO劇場や傘下に有したレコード店WAVE、書店LIBRO、ライブハウスのクアトロなどカルチャーをビジネスにするのが上手だった。
そんなパルコの漂流が始まったのが、2001年のセゾングループの解体だった。伊東勇社長(現取締役相談役)がかねてから親交のあった森トラストの森章社長に頼み込んで、放出される株式の引き受けて担ってもらい、森トラスト傘下での延命を図ったのだ。森トラストは以来、33.2%を保有する筆頭株主になった。
堤清二王朝時代でさえパルコは自由が許されてきたため、森トラストが筆頭株主になった後も経営陣は独自文化の継続が許されると楽観視してきた。森トラスト側も一時は役員を送り込んできたが、パルコ生え抜きの経営陣の自由に任せてきた。
異変が生じたのは、森トラストの資本参加がそろそろ10年を迎えようとしていた昨年夏だった。パルコは昨年8月25日に日本政策投資銀行を引き受け先とする150億円の転換社債の発行を発表し、パルコは調達資金を元手に既存店のリニューアルや出遅れてきた海外展開に充当する計画だった。ところが、森氏がこの政投銀への転換社債の発行をパルコから知らされたのは、発表前日の8月24日のことだった。転換社債がすべて株式に転換されると、政投銀はパルコの株式を18.7%保有する第2位の株主になる。その分、株式は希薄化されるため、森トラストの持ち分は33.2%から27.0%に目減りする。いわば森トラストの持ち分を薄める「だまし討ち」に映ったのだ。
以来、森氏はことあるごとに公の場でパルコ経営陣の無能振りをぶちまけるようになった。パルコはかつては東京・渋谷に3店を展開していたが、いまや1店を残すのみ、池袋や吉祥寺も前年同月割れが続いてきた。それでも売上高や経常利益はずっと横ばいで黒字を維持してきたが、森氏はいずれ少子化の影響で「ジリ貧」に陥るのは免れ得ないと映ったらしい。
【尾山 大将】
| (下) ≫
*記事へのご意見はこちら