エネルギー政策や原発再稼動問題をめぐって、菅直人首相と海江田万里経済産業相との折り合いの悪さが表面化し、ついには海江田大臣の辞意表明にまで事態は悪化した。閣内不一致と受け取られかねない首相の根回し不足、所管大臣に相談しないで思いつきを独断専行する菅首相の振る舞いには、もちろん問題点も多いが、追及すべき相手は安易に原発再稼動の旗を振る経産省の高級官僚たちのほうである。
首相と海江田大臣との間の齟齬が顕著になりだしたのは、ゴールデンウイーク中の5月6日、首相が浜岡原発の運転停止要請を表明したときだった。
中部電力の浜岡原発停止は、静岡県選出議員でもある首相側近の細野豪志補佐官と所管大臣の海江田氏が秘かに進め、2人は5月5日、静岡県を訪ね、民主党系知事である川勝平太知事と会談し、浜岡原発の3号機の運転停止について内々に合意した。このとき川勝知事は中電の津波対策は「付け焼刃にすぎない」と語り、殿様経営の中電への不満をあらわにしたという。
海江田大臣が浜岡原発3号機停止の件を事務方の資源エネルギー庁に伝えたのは、6日の朝である。旧ソ連のチェルノブイリ事故をしのぐ災厄となった東電・福島第一原発事故にもかかわらず、経産省・資源エネルギー庁はこのころ内々に原発推進の方針を固めていた。世界最高水準の安全審査を実施したうえで、原発を継続的に稼動させ、現在建設がほぼ完了し運転間近にある2つの原発――電源開発の大間原発と中国電力の島根原発3号機――の営業運転開始は認める。そんな極秘のシナリオを経産省・エネ庁の高級官僚は共有していた。だからこそ大臣の突然の指示に大いに面食らっている。
大臣の予定では午後4時にも経産省の記者クラブで浜岡3号機の運転停止養成を発表する予定で、慌てて事務方が想定問答作りに奔走させられた。このときはあくまでも津波対策の不十分な3号機だけの運転停止を、大臣も知事も事務方も想定していたのだが、午後1時過ぎに大臣が官邸を訪ね、菅首相に浜岡3号機運転停止の事情を説明したあたりから様子が怪しくなっていく。突然総理が「発表は自分がやる」と言い出し、海江田大臣の会見予定は消え、菅首相が同日午後7時から自ら官邸で発表することになったのである。このとき菅は、3号機だけ停止という当初案から踏み込み、浜岡のすべての号機を止めるよう中電に要請する、と宣言した。
首相は「他の原発は安全である」と言いはしたが、国政のトップの、原発運転停止要請の世論への影響は甚大だった。静岡県だけでなく、佐賀県や福井県、新潟県など原発を多数抱える自治体の不安心理が高まっていく。今日まで続く原発立地自治体とのせめぎあいは、ここから始まった。
経過を振り返ると、菅首相が人気取りのために強いメッセージを打ち出した面は否めない。周到な計算や根回しなど準備不足は明らかだ。その半面、当初は3号機だけだったにせよ、浜岡原発停止が政治主導で行なわれ、事務方の経産省・エネ庁は原発運転継続という現状維持にとらわれていたことが分かる。そう、経産省からは原発停止という電力会社にとって不利益になる判断は下せないのだ。なぜならば、経産省と電力会社は天下りネットワークを介して一体化した「互助会システム」を作り上げているからである。
【尾山 大将】
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