9月2日に野田佳彦新政権が発足してから2週間が過ぎた。外務大臣に松下政経塾出身の後輩に当たる玄葉光一郎をすえる一方で、財務大臣にまったくの門外漢の安住淳・前国対委員長を充てるなど、一部を除く主要閣僚から、小沢グループと鳩山グループを排除したことで、「民主党の人材難ここに極まれり」と思わせる布陣だった。副大臣には小沢・鳩山グループからの起用があったが、野田首相は「副大臣の役割は大臣を支えること。自説を曲げてでも泥をかぶらないといけないことがいっぱいある」と訓示し、内部からの反乱を予め抑止した。
野田新首相は、代表選前に『文藝春秋』で発表した「わが政権構想」と題した政策綱領でも、総理就任後に『VOICE』に寄せた「わが政治哲学」という短い文章でも、財政再建を最重要課題にあげている。東日本大震災の復興財源でも、代表選挙で馬淵澄夫元国交大臣が主張したような、建設国債の発行による調達という選択肢を自ら封じ込め、復興財源は増税で行なうことを早くから明言している。「VOICE」への寄稿では、恩師である塾頭である松下幸之助が、反増税派であることにも一応触れながらも、幸之助が日本の公的債務の増大に危機感を示していたことにも触れ、野田は塾生である自分はあえて財政再建を優先するという決意のほどを示した。
これに対して、松下元秘書でもあった、みんなの党所属の江口克彦参議院議員は、「松下政経塾で学んだのなら、税金を安くするのが政治家の役割だという松下の主張を頭に叩き込んだはずだ」と、強く批判している。現在、松下の思想に最も近いのは民主党ではなく、「みんなの党」だろう。
野田内閣の特徴を端的に言い表せば、民主党の初の政権であった「鳩山政権の否定」にある。野田首相が「わが政治哲学」のなかで「東アジア共同体」のような大きなビジョンを否定したことはその現れである。
この野田の政治哲学と呼応するのは、代表選挙では野田と争ったが破れ、結局は政調会長に収まった前原誠司元外相の姿勢である。前原は与党の政調会長の立場を利用して、9月7日にワシントンのホテルで開催された、ジョゼフ・ナイ(ハーヴァード大学教授)やブッシュ政権でアジア関連の高官を務めたマイケル・グリーンらが参加するシンポジウムに参加し、そこで基調講演を行なった。たどたどしい英語の演説原稿を棒読みするなかで前原が訴えたのは、国連の平和維持活動に参加する自衛隊の武器使用基準の緩和や、武器輸出三原則の緩和の必要性であった。しかし、45分の演説のなかで、それ以上に波紋を呼びかねないと思われるのは、あからさまに「中国は既存のルールを自らの都合がいいように変えようとする『ゲームチェンジャー』だ」と言い切ったことである。
偶然かどうかはわからないが、前原の中国に対する発言と前後して、中国国務院では重要な白書を発表している。それは、「中国の平和的発展に関する白書」というものである。胡錦濤国家主席と温家宝首相の体制では、中国は「和平崛起(わへいくっき)」をスローガンにして掲げたが、今度の白書では「平和的発展」と呼んでいる。中国は覇権を目指さないなどの内容が主体だ。
この白書を作成する目的は、国際社会の間で中国の膨張姿勢に対する警戒感を和らげようとしただけではない。中国国内での権力闘争で胡錦濤・温家宝側が、中国人民解放軍に対してけん制を行なうというねらいもあるようだ。中国国内も内部矛盾を抱えていることはたしかで平和発展というスローガンが一筋縄で行くとは思えない。ただし、前原発言のうちで極端な部分だけ伝えられることで、それは米中の冷戦体制へのお膳立てに利用されていくだろう。
東アジア共同体を棚上げするという野田の主張も、その発言の真意がどのように理解されるか次第で不信感の連鎖につながるおそれもある。野田の文章が発表された直後に藤村修官房長官が、「東アジア共同体をどのくらいの時間軸の幅で考えるのかということだと思う。まったく撤回したわけではない」と、フォローしているのは誠に適切であり、これで中国側の警戒も和らいだようだ。保守色が強い野田の政治スタンスは藤村官房長官によって、ある程度中和されている。
日米を取るか、日中(東アジア共同体)を取るかという不毛な二者択一ではなく、東アジアで中国やアメリカも交えた多国間で安全保障上の危機が起きないようにする協議機構を作ることを積極的に行なうべきだ。震災のような自然災害への対処は今後、どこの国でも起こりうる出来事であり、多国間協調で議論されるべきテーマでもある。
ただ、野田政権にとって大きな課題は安全保障問題ではなく、大震災の復興予算の裏付けとなる財源問題だ。野田は去年の6月に財務大臣に就任してから1年間にわたって、勝栄二郎・財務事務次官の教育をみっちりと受けてきた。
ただ、野田首相はあからさまにいきなり増税を行なうことは国民の反発を受けると考え、まずは政府のムダ削減と保有資産の売却という手段をとることにしたようだ。政府は本年度の第三次補正予算で震災復興と円高対策を2本の柱で予算を組む。
今のところ、震災復興費は5年間で13兆円と見積もり、臨時増税で10兆円程度、歳出削減で3兆円程度を想定し、それ以外を所得税と法人税の定率増税で賄うという立場である。「日本経済新聞」は7日付の記事で、政府が見込んでいる復興増税の規模を12.5兆円とし、所得税と法人税の年間の税収合計は20兆円だから5年で増税を終えるには年間2兆円超、一割の定率増税が必要だとしている。ただ、これでは一時的な個人や企業への打撃が大きすぎるので最長で20年にまで償還期間を伸ばすという案も出てきたようである。
ところが、この復興財源に日本郵政株を充てるという議論が突如出てきた。この案を最初に言ったのは国民新党の亀井静香代表であった。7日の読売新聞が伝えている。
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<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。
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