企業が資金繰りに窮した際や、設備投資を行なおうと考えた際に、金融機関から融資を受けることができるか、できないかは経営上の大きなリスクである。一方で、融資を貸し出す金融機関にとっても、当然に「リスク」は存在する。ここでは、金融機関サイドにとっての「リスク」を検討する。
「リスク」という言葉を聞けば、通常は「危険」や「危機」といったイメージを発想するだろう。たしかに金融機関は、システム障害時の「システムリスク」や、風評被害発生時の「風評リスク」、事務を誤った際に損失を被る「事務リスク」など、様々なリスクに晒されている。そして、「貸したお金が返ってこない」リスクのことを、「信用リスク」という。
「信用リスク」は、「危険」や「危機」ではない。つまり、翌日に倒産するとわかっており、絶対に返済されない融資の貸出を行なうことは、金融機関にとってのリスクではない。ここでのリスクは、返済期間が5年や10年、20年と長期に及び、貸出を行なう時点において、将来にわたってその融資が、確実に返済を受けることができるかどうか、わからないという、「不確実性」をともなうことにある。
EL(期待損失)=PD(倒産確率)×EAD(未保全率)×LGD(総融資量)
上記の公式は、そもそも「不確実」であるリスクを、計量化しようという試みを行なったものである。ELとは「Expected Loss」、つまりは期待損失という意味であり、当該企業へ貸出を行なった際に、期待される損失の値を算出することを目的としている。PDとは「Probability of Default」の略称であり、これは本シリーズ「2-1:銀行格付の仕組みと必要性」(10月5日掲載記事)にて言及した「格付値」ごとに、今後一年間に倒産する確率を、過去の統計により算出した値である。
EADとは「Exposure at Default」の略称であり、これは担保によりカバーされていない割合、つまり「未保全率」を意味する。10,000千円の融資があり、不動産担保や信用保証協会などにより保全(担保)されている部分が6,000千円、保全されていない部分が4,000千円あるとすると、「未保全率」は40.0%となる。LGDとは「Loss Given at Default」の略称であり、「総融資量」を意味する。
100,000千円(1億円)の融資を行なっている企業があるとする。不動産担保により20,000千円の担保が効いており、40,000千円は信用保証協会より保証を受けている。当該企業の格付値は「F」、つまり「要注意先」として(「2-1:銀行格付の仕組みと必要性」参照)、PD(今後一年間の倒産確率)は8.5%と算出されている。この企業において、「信用リスク」である「EL」を算出してみる。
EL(信用リスク)=PD(8.5%)×EAD(40.0%)×LGD(100,000千円)=3,400千円
つまり、当該企業に対する貸出100,000千円において、金融機関は毎月、毎年、約定通りに返済を受けているにもかかわらず、3,400千円/年の「信用リスク」、つまり「返ってこない可能性」を見積もっているのである。
よく、講演会などでこれら詳論について言及する際に、聴講者に質問を行なう。「信用リスクであるELをゼロにするためには、どうすればよいか」と問うと、なかなか的確な回答は返ってこない。公式は、すべてが掛け算であるため、構成要素のいずれかが「ゼロ」になれば、必然的にその解である「EL」は、ゼロとなる。
LGD(総融資量)やPD(倒産確率)をゼロとすることは不可能である。信用保証協会の利用などにより、EAD(未保全率)を極力、ゼロに近付ける努力が必要である。また長期的に考えれば、自社財務内容の良化を図り、格付の値を高位に遷移させ、PD(倒産確率)を低下させることが重要である。この一連のサイクルを、金融機関の担当者と検討し、実践することこそ、真の「リレーションシップバンキング」の実現プロセスであると考えている。
さらに、信用リスクベースで、100,000千円の貸出に対して、3,400千円/年の経済的損失が発生している金融機関において、最低限の採算金利(人件費や物件費等を加味していない採算金利)が、3.40%となることを、ご理解頂けるであろうか。財務内容が良好であって、信用リスクが僅少であっても、採算金利を下回る金利で融資を受けることは、好ましいことではない。
大企業における極めて大きなロットの場合は、実収ベースで大きな収益が見込まれるが、中小企業の小ロット融資の場合、財務内容が良好であり、格付の値が高いレベルであっても、採算金利を大幅に割るような取引先については、金融機関からの取組方針が「消極的」などとなっているケースもある。
このように、自社の財務内容と金融機関から付与されているであろう格付の値を把握・想定し、金融機関にとってのリスクを知り、採算金利での取引を継続することにより、金融機関との長期持続的な取引関係は構築されていく。これが、金融機関からの融資なしでは、運転資金の循環や設備投資を行なうことが実現困難な企業において、確立すべき「銀行取引戦略」である。
融資とは、お願いすれば必ず満額回答されるものではない。問題は、自社が融資を受けられなかったことではなく、競合他社が、このような信頼関係を、取引銀行と確立しているかもしれない点にある。金融機関から、「自社がどう思われているのか」を知らないということについて、経営者は大きな危機感を抱くべきであるし、「銀行取引戦略」の重要性を、本稿を以って再認識して頂きたい。
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