依頼者からの預かり金を横領したとされる稲尾吉茂弁護士(福岡県弁護士会所属)の破産開始決定が13日、福岡地方裁判所でなされた。同氏を知る弁護士によると「いたって真面目」な人柄。法と正義を担うのになんら問題がないかに見えた。それが、開業からわずか5年間での転落。破産申立から浮かび上がった横領の背景、弁護士経営の実情を追った。
<ずさんな管理>
破産の申立代理人弁護士によると、稲尾弁護士の負債総額は約8,100万円、債権者数70名。うち依頼者50名からの預かり金が2,750万円にのぼる。預かり金とは別に、依頼を受けた事件の着手金のうち返還すべき580万円が負債総額に含まれている。
破産開始決定から一夜明けた12月14日、稲尾弁護士の法律事務所のドアは閉ざされたまま、なかには人の姿はなかった。昨年にはすでに事務員もいず、事務所に電話を架けてもほとんどつながらなかったという。
稲尾弁護士は2007年、福岡市で個人事務所を開業。事務所があるのは、裁判所や福岡法務局に近い大通りに面した角地にあるビルの5階。
申立代理人弁護士によると、開業の07年末の時点で、事務所運営の現金預金残高が、本来あるべき預かり金残高を割り込んでいた。流用は開業1年目から始まった。使途は事務所運営経費や生活費とみられ、ギャンブルや遊興費などに充てたとは考えられていない。
今回の問題を「個人的要因」と言い切る弁護士は多い。
法律事務所ではお金の管理は通常、大きく2つにわかれる。依頼者からの預かり金と事務所運営の現金預金だ。ところが、稲尾弁護士の場合「預かり金管理と事務所運営口座の管理がずさんだった」(申立代理人)と指摘されている。
弁護士へ事件を依頼すると、着手金と別に実費を前払いすることがよくある。依頼者の事件処理にあたってかかる郵便代、印紙代、コピー代、交通費などの実費は、基本的に依頼者が負担する。これが預かり金といわれるものである。民法で、受任者は委任事務の処理に必要な費用の前払を委任者に請求できるとされているからだ。
法律事務所では預かり金と事務所運営金は区別して管理している。預かり金口座を依頼者一人ひとり別にするほど厳格な弁護士もいる。依頼者Aさんの預かり金は、Aさんのお金であり、別の依頼者Bさんの費用にあてることはない。ましてや、事務所の経常支出に一時的であっても流用することは考えられないという。
今後は、裁判所が選任した破産管財人が手続きを進める。
個人の破産申立の場合、通常、免責許可の申立を行なったものとみなされるが、稲尾弁護士は免責許可申立を行なわなかった。今回の破産申立の目的が「所有する財産を換価して、債権者に平等に配当することにある」と、申立代理人は説明する。しかし、配当があるとしてもごくわずかだとみられている。
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