9月19日の大安吉日にJAL(日本航空)株式は、東証1部に再上場する。売り出し価格は1株3,790円。売り出し価格から算出した時価総額は6,873億円。ライバルのANA(全日本空輸)の6,239億円(10日終値)を上回る。他のIPO(株式新規公開)と決定的に違う点は、「再上場で調達される資金はJALには一銭も入ってくるわけではない」ということである。
<公的資金回収が再上場の目的>
JALが経営破綻し上場廃止となってわずか2年7カ月で再上場する最大の目的は、公的資金(=税金)を回収することにある。2010年1月に会社更生法の適用を申請したJALを支援したのは政府系企業再生ファンドの企業再生支援機構。支援機構が支援する更生計画の認可を受けて、機構は3,500億円を出資、JALの株式96.5%をもつ筆頭株主になった。
支援機構による支援は原則3年とされ、JALの支援期限である来年1月までに機構は3,500億円を回収する必要があった。それから逆算して、12年秋にはJALの再上場が必要で、上場要件をクリアするためには業績のV字回復を達成しなければならなかった。
JALの12年3月期連結決算で、本業の儲けを示す営業利益は過去最高の2,049億円。収益力を示す売上高営業利益率は17%と、ANAの7%を大きく上回る。ピカピカの高収益会社に生まれ変わった。
これが自力で達成されたのなら立派なものだが、もちろん違う。破綻により、金融機関は5,200億円の債権放棄、1万6,000人の従業員削減、企業年金の3~5割カット、不採算路線からの撤退。9年間にわたり4,000億円の法人税が免除される。これで利益が出なかったら、それこそ不思議だ。
政府がJALに手厚い支援をしたのは、支援機構を通じて投入した公的資金を回収するためだ。支援機構が保有するJALの1億7,500万株をすべて売却すると、手数料を除き6,483億円のキャッシュを手にする。支援機構は、JALへの出資金3,500億円を上回る資金を回収し、再生支援を終了。税金による国民負担は回避されたうえに、巨額の売却益を国庫に納めることができる。株式市場を使った企業再生・公的資金回収レースの金メダルである。
<高すぎる上場規模>
ほくほく顔の国と違って、おそらく渋面なのがJALの稲盛和夫名誉会長だろう。支援機構と稲盛氏の間で、上場規模について激しいせめぎ合いがあった。支援機構は、できるだけ稼ぎたいので、上場規模は大きければ大きいほどいい。一時、上場規模は1兆円説がマスコミに報じられたとき、稲盛氏は激怒したという。そんな高値で上場すれば、上場後に株価が急落するのは目に見えているからだ。そうなれば、JALの経営は信用を失う。
稲盛名誉会長は、どの程度の上場規模を想定していたのか。これは、あくまで推測するしかないが、筆者は4,500億円規模だろうとみなしていた。再上場は、支援機構が公的資金を回収するのが第一義の目的で、JALが資金調達するために上場するわけではないからだ。ならば、スタートを低く抑えて、上場後に株価を上昇させるようにしたいのは当然だ。
4,500億円規模なら、支援機構は3,500億円の出資金に1,000億円上乗せして回収できる。JALも上場後、株価下落の恐れは小さく、株価上昇ののりしろは大きい。百戦錬磨の経営者である稲盛氏が、双方が納得できる落しどころを4,500億円規模と考えたとしても不思議ではない。その観点からすると、時価総額6,873億円の上場は、あきらかに高すぎる。誤算だったに違いない。
<安定株主不在の上場>
稲盛氏の次なる誤算は、上場前に安定株主を確保できなかったことだ。稲盛氏は当初、発行済み株式総数の約10%の安定株主が必要と考えていた。JALが安定株主づくりに要請したのは、みずほコーポレート銀行や三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行の3メガバンクなどの取引行や、機材調達の取引がある三菱商事や三井物産などの大手商社。さらに、石油、旅行、生命・損保会社にも引き受けを呼びかけた。
だが、交渉は頓挫した。大手商社などの旧株主はJALの破綻で保有していた株は100%減資でただの紙切れになった。メガバンクなどの金融機関は5,200億円の債権放棄を強いられた。各社とも、出資はコリゴリ。JALへの新たな出資に二の足を踏んだ。稲盛氏は、上場前の安定株主の確保を断念した。
企業がダメなら、安定株主は個人に頼るしかない。旧JALの最大の安定株主は個人株主だった。経営が破綻する直前の2009年12月段階で、個人株主は全体の59%を占めていた。個人株主がJAL株を買ったのは株主優待券がお目当てである。優待券があると半額で搭乗できたからだ。
個人株主を呼び込むために、JALは来年3月末以降の株主に株主割引券を発行。100株につき年間1枚の割引券を渡すほか、300株以上を3年以上保有すれば、追加の割引券が発行される。
株主優待制度が、かつてのように個人株主を呼び込む神通力があるかというと、はなはだ疑問だ。格安航空会社(LCC)の相次ぐ就航で、普通運賃の半額という株主優待券より、安く搭乗できるようになったためだ。だから、割引券狙いでJAL株を買わないのではないか。結局、JALは安定株主不在のまま、上場することになった。
<高まる株価下落の恐れ>
JALの再上場は、今年のIPOでは米フェイスブックに次いで世界第2位の超大型上場だ。交流サイト(SNS)最大手のフェイスブックは今年5月、米ナスダック市場に上場、160億ドル(1兆2,500億円)を調達した。
「市場活性化の起爆剤になる」とお祭り騒ぎになったが、期待された価格高騰はなかった。株価は坂道を転げ落ちていった。8月には公開価格(38ドル)のほぼ半値に落ち込んだ。フェイスブックのCEOは株価下落について「非常に残念に思う」と答えたそうだ。
JALはどうか。上場規模がANAを大きく下回り、ANAに追いつき、追い抜くという展開が望ましかったが、初っ端から時価総額がANAを上回るのは愚の骨頂。上場規模が高すぎる。これといって株価を押し上げる材料がほとんど見当たらないことから、あとは、株価は下がる一方だろう。かくして、こう見立てることができる。
JALは、フェイスブックの二の舞になる。
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