<谷野頭取包囲網(14)>
栗野会長の手術は11月17日(月)に行われ、乳がんと右脇下のリンパ球の摘出手術は、約3時間で終了した。術後の病理検査の結果、他の臓器への転移は認められず、手術はひとまず成功であった。
栗野が乳がんの手術を終えた週末の11月21日(金)、午前9時より臨時決算の経営会議、午後1時より取締役会議が開催された。維新銀行では午前中に開催される経営会議での承認事項が、午後に開催される取締役会議に付託され、決議を得るシステムを取っている。
経営会議の出席者は常務以上と本部担当取締役であり、谷野頭取が議長となり開会を告げた。出席者は谷野頭取、沢谷専務、石野専務、吉沢常務、北野常務、川中常務、それに本部担当取締役で審査担当の梅原取締役、事務管理部門担当の木下取締役と、経営管理担当の小林取締役の9名で、欠席は入院中の栗野会長一人であった。
議題は2003年9月中間決算にともなうものであった。前年の中間決算は不良債権処理により、大幅な赤字を計上したが、今年9月の中間決算では黒字に転換し、経常利益82億円、当期純利益42億円となり、期初に発表した2004年3月期の通期決算予想、経常利益170億円、当期純利益90億円は、修正することなく達成する見通しとなった。
次に取り上げられたのは8月末にリークされた情報漏洩事件と、9月5日に発覚した顧客預金の流用事件であった。僅か一週間のうちに連続して発生した不祥事件に対して、中国財務局は矢継ぎ早に改善命令に基づく実行策を求めて来ており、経営会議は一転して重苦しい雰囲気に包まれた。財務局への一連の報告資料は、箸の上げ下げまで指導を受ける厳しい内容であった。
ここで不祥事件に対する維新銀行と中国財務局との捉え方の違いについて触れておきたい。
維新銀行側は、「不祥事件の発端は谷本頭取時代であるが、たまたま谷野頭取時代に表面化したに過ぎない」との見解であった。
一方の財務局側は、
「2件の不祥事件はいずれも谷本が頭取時代に発生したものであり、谷野頭取になったために抑えきれず表面化した」との見方をした。その上で「10年以上前から定期預金証書の偽造が発覚しなかったのは、谷本頭取の内部管理体制が杜撰だったのではないか。また谷本が頭取時代には不祥事の報告は殆どなく、行内でもみ消していたのではないか。」
との、疑いを持ったことであった。
その疑いを財務局側が強く持つようになったのは、生命保険を巡る第五生命の山上と維新銀行との癒着を指摘する匿名の投書であった。
※この作品はフィクションであり、登場する企業、団体、人物設定等については特定したものでありません。
▼関連リンク
・「維新銀行 第二部 払暁」~第1章 谷野頭取交代劇への序曲(1)
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