海に浮かぶ船舶。その船体の曲面形状は、厚い鋼鉄の塊であることを思わず忘れるほどになだらかだ。この曲面を作るのは、造船業界には欠かせない神業「ぎょう鉄(撓鉄)」と呼ばれる技術を駆使する作業員たち。だが今、このぎょう鉄を始めとする造船特殊技能を受け継ぐ後継者がいないことが問題になっている。大分県佐伯市で船舶のメンテナンス業を営む共栄船渠(株)代表取締役社長の山本健二氏は、自社での社員教育のなかでも、少しずつ特殊技術を習得する場を設けているという。
<深刻な造船業の継承者不足>
共栄船渠(株)は、1973年、地元運輸局を始め関係官庁の支援、指導を受け、東九州地区唯一の船舶修理・検査専門企業として設立された。6,000トン型(8000D/W)の船舶が入渠可能な浮きドック設備を備え、潮の干満の影響を受けることなく、短時間で安全に船舶を入出渠させることができる。社名には、「お客様と『共』に『栄える』企業でありたい」という願いが込められている。単に船を修理するというのではなく、お客様に安全という名の安心感を提供することを目指す。山本社長は船舶修理を行なうだけでなく、メンテナンスに訪れる船主たちの声によく耳を傾ける。頼りがいのある社長の人柄に惹かれて、新潟から定期的に通う船主もいる。
山本社長の話を聞いたなかで、喫緊の課題と考えているのは、深刻な人手不足だ。とくに長年の修行経験が必要な造船技術を引き継ぐ職人たちの数が圧倒的に足りない。溶接技術を心得た者は、「造船の溶接は建築物のそれとは違う。育てるにもより多くの時間が必要だろう」と首を振る。それほどまでに、造船業は建設業などの作業現場とは異なるのだ。陸の仕事経験をそのまま活かせる世界ではなく、精緻な作業が必要となるため工程の機械化も難しい。誰もが短時間で継承できるというものではない。
<技能継承に長い時間を要するぎょう鉄>
例えば「ぎょう鉄」は、造船にはなくてはならない独特の技術だが、その継承の難しさは業界内でも問題となっている。ぎょう鉄は、切り出された鋼材の平たい板部品にマーキング線をつけ、これにあわせて、プレス機や加熱機器などを用いて冷間曲げ加工を行なうものだ。さらにガス加熱による熱曲げ、熱絞りを行なって、あらかじめ計算された曲がり形状に加工する。これらの作業を、ほぼ手作業で行なう。職人の経験による勘がものを言う世界でもある。20歳代で修行を始めても、技能が身につけるには30年ほど掛かる。50歳代になってやっと一人前だ。
共栄船渠は、本来、船舶の修理がメインであり、造船そのものを行なっているわけではない。しかし、若手に技術を身につけさせるために、「ブロック建造」などを引き受けている。ブロック建造とは、鋼材でできたブロックを積み木のように重ねて接続し、船体を建造する作業だ。ひとつひとつ形が異なり、あわせていくのは容易ではない。このブロックを造るにあたって、鋼板を溶接し、繋げていくときに必要となるのがぎょう鉄だ。
重い船底をひっくり返し、上から下へと溶接をしていく。1mmの狂いも許されない。わずかな隙間が開けば、海に浮かべられない。「鉄は熱すると扱いが難しくなります。固さが変わるので、うまく合わずやり直しすることもあります。しかし熟練したぎょう鉄職人が行なうと、手直しが必要となることはありません」(山本社長)
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<COMPANY INFORMATION>
共栄船渠(株)
代 表:山本 健二
所在地:大分県佐伯市鶴望4665
設 立:1973年
資本金:3,000万円
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