政治経済学者の植草一秀氏は19日付のブログで、NHK人事における安倍晋三首相の思惑を考察。日本の歴史教育について、「過ちがあったことを知り、謙虚な姿勢を身に付けるとともに、二度と過ちを繰り返さぬよう、戒めをしっかりと心に刻むことが、どうして「自虐」なのか」とコメントしている。以下、引用する。
国民の燃え盛りやすいナショナリズムに火をつければ、人気を得ることは簡単である。
日本は素晴らしい。日本は間違ったことをしていない。日本に対して批判する近隣諸国はけしからん。日本こそが優れた国であって、日本は他国の上位に位置する国だ。外国から不当な批判を受けたときに、これを跳ね返すための武力を持つべきである。自画自賛と排外主義の主張。不満が蓄積して、その不満のやり場のない市民に、こうした自国賛美、排外主義の訴えは心地よいものなのかも知れない。
しかし、ここには、理性の働きがない。自省の姿勢がない。自らを省みて、是は是とし、非は非とする。自己を全否定するわけではないが、間違いのあった点については謙虚に反省する。他者の行動に誤りがあるなら、それを指摘することは建設的であるかも知れないが、論理もなく他者を否定しても、何の意味もない。唯我独尊、井の中の蛙になるだけだ。
安倍政権は放送法第31条を踏みにじって、不正なNHK経営委員人事を行った。この不正人事を通じて、不正なNHK会長人事を行った。NHK会長はNHKの業務執行を司る理事の任命権を持つ。安倍政権はNHK会長を通じて、安倍政権の意向をNHK放送に反映させるための理事人事を強行した。井上樹彦編成局長が理事に引き上げられた。NHKの報道番組を支配するには、番組編成担当理事を押さえればよい。
トップのNHK会長が完全なる政権のイエスマンであるから、番組編成担当理事を押さえれば、NHK放送は完全に支配できる。なにしろ、籾井勝人氏は、「政府が右と言うときに左とは言えない」と公言して憚らない人物なのだ。
安倍晋三氏がNHK経営委員に抜擢した百田尚樹氏は、東京都知事選の応援演説でこう述べた。
「戦争では恐らく一部軍人で残虐行為がありました。でもそれは日本人だけじゃない。アメリカ軍もやったし、中国軍もやったし、ソ連軍もありました。でもそれは歴史の裏面です。こういうことを義務教育の子どもたち、少年少女に教える理由はどこにもない。それはもっと大きくなってから教えれば良い。子どもたちにはまず日本人に生まれたこと、日本は素晴らしい国家であること、これを教えたい。何も知らない子どもたちに自虐史観を与える必要はどこにもない」
この手の理性と知性に欠ける人物が横行し始めている。
戦後の日本は、戦争の反省に立って出発した。日本が戦争に進むことを後押しする理由は存在したかもしれない。しかし、戦争を回避する道は存在したはずである。日本の資源が乏しく、海外から調達することが難しいなら、その身の丈に合った生活の道を選ぶべきであった。海外に侵略して、海外を支配し、他国を犠牲にして自国の繁栄だけを追求する姿勢は正しいものとは言えなかった。敗戦後、日本はそれまでの日本を反省し、新生日本として再出発したのである。
過去の過ちを過ちとして正視することを、自虐とは言わない。過去を正視せずに、ひたすら自己正当化に明け暮れるのは、自らが野蛮人であることを告白するのに等しい。戦前の日本に誤りがあったことを認めて、日本は独立を回復した。
日本は敗戦国であるから、戦後の裁判が戦勝国の意向に沿って実行されたことは事実である。しかし、この点を差し引いても、戦前の日本には多くの誤りがあった。国際社会の一員に復帰するに際して、日本は過去の過ちを過ちとして認め、そのうえで再出発したのである。それをいまになって、日本に非はなかった。日本は正しかったのだと声を張り上げて見ても、「敗軍の将、兵を語る」と言うべきものだ。
「過ちて改むるに憚ること勿れ」という。是を是とし、非を非とする。是々非々の姿勢こそ、理性ある者の行動である。日本が再び道を誤らぬよう、教育の現場で、過去の過ちを正確に教えることが大事なのだ。過ちがあったことを知り、謙虚な姿勢を身に付けるとともに、二度と過ちを繰り返さぬよう、戒めをしっかりと心に刻むことが、どうして「自虐」なのか。
過去の過ちを正視することもなく、非を非として認めることもせず、自己正当化だけを繰り返す者を、世界の誰が尊敬すると言うのか。唯我独尊、自己主張だけで自省を知らぬ者をばかりを育てれば、日本は世界の問題児になるだろう。
日本は素晴らしい国である。日本の良さを知り、日本の良さを維持することは大切だが、その良さが生かされるには、過去の過ちを正視し、その反省に立って、身を引き締めることが必要不可欠なのだ。
※続きは19日のメルマガ版「植草一秀の『知られざる真実』」第891号「戦前の暗黒社会に引き戻される日本」で。
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