2024年11月23日( 土 )

中島淳一「古典に学ぶ・乱世を生き抜く智恵」(1)

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劇団エーテル主宰・画家 中島淳一氏

 己の創作領域のみを棲家とし、その域を超えた活動には慎重になりがちな芸術家が多いなか、福岡市在住の国際的アーティスト、中島淳一氏は異色の存在である。国際的な画家として高い評価を得るだけでなく、ひとり芝居に代表される演劇、執筆活動、教育機関での講演活動などでも幅広く活躍している。
 弊社発行の経営情報誌IBでは、芸術家でありながら経営者としての手腕を発揮する中島氏のエッセイを永年「マックス経営塾」のなかで掲載してきた。膨大な読書量と深い思索によって生み出される感性豊かな言葉の数々をここに紹介していく。


ハート・クレインの詩「ブルックリン橋に寄せる」に学ぶ~暗黙のうちに汝を支えている汝の自由~

中島 淳一 氏<

中島 淳一 氏

 アメリカの詩人、ハート・クレイン(1899〜1932)はオハイオ州、ギャレッツヴィルに生まれる。父はキャンディ製造業で成功した実業家であった。
 高3で中退、ニューヨークに行き、詩稿を書き散らしながらマンハッタンの友人のアパートを転々とする。広告のコピーライターをしたり、父親の会社で働くが続かず、最後にオットー・カーンという銀行家の援助を得て、ようやく詩作に没頭。White Buildings 「白いビルディング」・The Bridge「橋」の詩集を著す。
 巨匠エリオットの影響から、フランス象徴詩やブレイクを学び、イメージ、象徴、暗喩の構成に卓越した才能を発揮する。詩集「橋」は機械文明の中にアメリカの神話を見出そうとしたロマンティックな野心作であり、「ブルックリン橋に寄せる」はその序詩である。
 32歳の若さでカリブ海に消えた早熟の詩人は今も多くの人々に愛されている。

自由の女神像が高くそびえる

 マンハッタンとブルックリンを結ぶブルックリン橋は1867年から84年まで、17年もの歳月をかけて作られた5,989フィートにも及ぶ長い吊り橋である。完成した時、人々は卓越した技術に感嘆し、アメリカの無限の発展と成功を確信し、歓喜に沸き上がった。 港のカモメは白い輪を散らし、自由の女神像が高くそびえる辺りを飛び回っている。アメリカ人の魂もまたカモメのように自由を愛してやまない。
 たとえ、ビルの中の事務所でせっせと数字を整理しなければならない退屈な簿記係の仕事を繰り返す都会の日々であっても、魂まで鎖に繋がれているわけではない。

暗黙のうちに汝を支えている汝の自由

 橋は埠頭にかかり、銀色の段を連ねる。まるで太陽がそこを踏み渡り、その尽きることのない動きの力が潜んでいるように感じさせる橋の存在感。
 ただ暗黙のうちに自分で自分自身を支えているという自由。これこそが人間存在の真のありかたなのではないのか。たとえ、static(固定的な)状態にあったとしても、そこにこそfreedom(自由)があるのだ。

人生の喜劇

 ああ、それなのに地下鉄から、アパートの部屋、あるいはビルの中から、狂人が出てくると聖なる橋の欄干に走りより、鋭い叫びと共にシャツをふくらませながら、身投げをする。なんというjest(戯れ)をするのか。群衆の無言劇の中からこぼれ落ちる哀しき喜劇。

預言者の約束の恐るべき入口

 ウォール街、金融と経済の心臓に光がさす。ブルックリン橋は祭壇であり、預言者の約束の恐るべき入口なのだ。人々は科学的信念と信仰心を融合させ熱情の炎を燃やす。貧しき者の激しい祈り、愛する者の魂の叫び。星屑の溜め息を掠める途切れることのない無数の言葉。数珠のように繋がり凝縮する永遠の闇。その闇を自らの腕で持ち上げる橋。心の深い闇の中にこそ神の姿は密かに浮かび上がる。
 ブルックリン橋は神秘であり、崇高な存在だ。橋はそれ自体がひとつの象徴であり、一編の詩もまた橋である。過去と現在、現在と未来、生と死、古き時代と新しい時代を結びつける媒体なのである。

<お問い合せ>
劇団エーテル
TEL:092-883-8249
FAX:092⁻882⁻3943
URL:http://junichi-n.jp/

<プロフィール>
nakasima中島 淳一(なかしま・じゅんいち)
 1952年、佐賀県唐津市出身。75~76年、米国ベイラー大学留学中に、英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。日仏現代美術展クリティック賞(82年)。ビブリオティック・デ・ザール賞(83年)。スペイン美術賞展優秀賞(83年)。パリ・マレ芸術文化褒賞(97年)。カンヌ国際栄誉グランプリ銀賞(2010年)。国際芸術大賞(イタリア・ベネチア)展国際金賞(10、11年)、国際特別賞(12年)など受賞多数。
 詩集「愁夢」、「ガラスの海」、英詩集「ALPHA and OMEGA」、小説「木曜日の静かな接吻」「卑弥呼」、エッセイ集「夢は本当の自分に出会う日の未来の記憶である」がある。
 86年より脚本・演出・主演の一人演劇を上演。企業をはじめ中・高校、大学での各種講演でも活躍している。福岡市在住。

 
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