世界史に名を刻むチャンスをフイにした安倍首相・戦後70年談話(2)
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副島国家戦略研究所(SNSI)中田 安彦 氏
さらにアメリカの受けが良いのは、この談話を貫く歴史観であろう。この談話は明治維新、日露戦争の勝利までを高く評価し、それ以降の1930年代に日本が満州事変を起こしたり、国際連盟を脱退した歴史を踏まえ、「日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました」と続けている。
この歴史観は安倍首相周辺のゴリゴリの保守派たちが抱いている、「日本は人種差別撤廃のためと自存自衛のために大東亜戦争を戦った」というものではなく、まさしく保守が批判する「東京裁判史観」そのものだ。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」と言って登場したものの、このように戦後レジームを全面的に肯定する談話を出したのである。私は「サンフランシスコ講和会議」で日本は東京裁判とその判決を受諾したと思っているので、こういう歴史認識を政府が取るのは政治の継続性の観点から「当然」だとは思っているが、「戦後レジームからの脱却」を唱えた安倍首相がそれを言うことの意味は大きい。だからアメリカは手放しで評価しているのだ。
もっと言えば、この「日清・日露戦争までは良かった史観」は、あの歴史作家・司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」に描かれた歴史観そのものだ。そして、この司馬史観というのは、アメリカの駐日大使だったエドウィン・ライシャワーの掲げる「日本近代化論」の立場である。司馬遼太郎に坂本龍馬の描き方で影響を与えたのは、マリウス・ジャンセンというプリンストン大学の日本史研究家である。偶然だろうが、スピーチライターの谷口氏が最初にフルブライト奨学金で留学したのは、このプリンストン大学ウッロドーウイルソン・スクール国際問題研究所だった。
この司馬史観の元になったライシャワーは、占領時には国務省の外交諮問委員会の極東小委員会の委員として活動し、神道指令など靖国問題にもつながる政教分離の実施を担当した。日本近代史から超国家主義を剥ぎ落とすのがライシャワーの役目であり、その大衆文化における役目を果たしたのが産経新聞記者だった司馬遼太郎氏だったわけである。産経は司馬史観路線に対抗する、「新しい歴史教科書をつくる会」の藤岡信勝氏の自由主義史観が併存していたが、現在は司馬史観派は少数派になっていた。
ところが、安倍談話に採用されたのが司馬史観だった。これはアメリカ公認の歴史観であり、これに基づいて安倍談話が書かれた。当然といえば当然の落とし所なのだろうが、これは確認しておく必要があるので述べておきたい。
ただ、それでも、談話の中では「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という一節が入っていて、これが読み方次第では保守派の高市早苗総務大臣などが求める「謝罪ありきからの脱却」という期待に応えるふうにも読める形になっている。
しかし、このあとに、「しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」と続いており、この部分を合わせて読むと、「謙虚な気持ちで過去を引き継ぎ未来に引き渡すことで、謝罪を負う宿命を負わなくてすむようになる」という解釈もできるわけだ。だが、この部分は自民党内の保守派(自由主義史観派)が「謝罪は終わった」としてその根拠として利用するだろうと思う。
このように、謝罪を求めてきた中国、韓国からすれば「謝罪しているようでしていない談話」には釈然としないものが残るのだろうが、「戦後秩序の守護神」であるアメリカからすれば、安倍首相にここまで明確に「戦後レジーム」を肯定させる事ができたことは大収穫だったろう。
要するに、安倍談話は司馬史観と自由主義史観のせめぎあいの上に成り立っており、安倍政権は大きくは自由主義史観を捨てたわけだ。加害の事実よりも「国際秩序への挑戦」という部分が際立っているのはそのためだ。
だから、安倍談話は徹頭徹尾、アメリカに向けて書かれたものである。中国や韓国との和解のブレイクスルーになるような要素はあまり見当たらない。だからといって、これまでの談話を引き続くと宣言しており、同時にかつてのように日本が「事変、事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と誓ったとも確認しているので、確かに「後退」もしてはいないのだが。
(つづく)
<プロフィール>
中田 安彦 (なかた やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などが関連キーワード
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