「戦わずして勝つ」の外交戦略の中国に落とし穴はないのか(2)
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副島国家戦略研究所 中田 安彦
こういう世界秩序に影響を与える世界の変動のことを「地政学的変動」という。この地政学という言葉は最近ではよく日経新聞でも見られるようになったが、日経新聞はあくまで「国際情勢に連動する相場変動」という「地政学的リスク」という文脈でしか理解していない。だが、この地政学という学問の視点を持つことは冷静に世界情勢を分析し、将来の方向性を予想するうえで重要である。
地政学(ジオポリティクス)というのは、欧米の外交に関わる学問であり、英米系とドイツ系の流れが2つ存在している。最近では駿台予備校の茂木誠氏が『世界史で学べ!地政学』(祥伝社)という入門書を出して、売れているようだ。この本は、地政学は世界の歴史を「ランドパワー(陸の勢力)」と「シーパワー(海洋勢力)」の大国同士の競争であると定義しているが、この定義を行ったのが、イギリスの地理学者のハルフォード・マッキンダー卿(1947年没)である。地政学のコンセプトを提示した創始者と言える人たちは、マッキンダー卿以外に、アメリカのアルフレッド・セイヤー・マハン提督、オランダ系アメリカ人のニコラス・スパイクマン、ドイツ系地政学者では、カール・ハウスホーファーという学者もいる。
英米系地政学では海洋国家、海の通商国家の視点で世界を眺めるので、大陸型の帝国が団結して海洋進出してくることで、海洋国家にとって重要なシーレーンや港湾権益、運河の航行の安全が荒らされないようにどうやって守るかという視点になる。一方で、ドイツ系の地政学は、いかにして大陸国家が海洋国家に対抗し得る「生存圏」を広げていくかという視点を取り、これはナチスドイツに利用されたので戦後はタブー視された。大まかに言えば、米、英連邦、豪州、インド、日本、イギリスなどはシーパワーであり、ドイツ、ロシア、中国はランドパワーである。地政学というのは、ナチスドイツに利用されてタブー化したが、英米系地政学者の議論とともに、アメリカで第二次世界大戦後、洗練された「国際関係理論」としてつくり変えられた。リアリズムという国際関係理論は大国同士の勢力均衡や覇権争いを理論化したもので、大国の行動を理論化することで(まさかどうやって戦争を起こすかというふうには教えられないので)、どうやって大国の衝突を起こさないようにするかという名目で全米の大学で教えられるようになった。
地政学というのは、英米系では「ランドパワーは絶対にこう動く」とシーパワー側が相手の行動を法則化して相手をいかに封じ込めるかを考える戦略論でもあり、ある種の決定論である。だから、政策の幅を狭めるというか、使い方を間違うと相手との敵対関係を不要に高める学問という面もある。一方で、歴史を裏付けにしているので、ランドパワーが手を広すぎて海洋国家になろうとしたり、逆にシーパワーが無理に大陸深く進出していくことは無理があるという教訓を授けてもいる。戦前、野放図に大陸に進出して自滅した我が国には良い教訓を示しているだろうし、従来大陸国であった中国が海洋国家化する動きを見せている今、この枠組みで物事を見ていくことは重要だろう。その意味では、使い方次第で毒にも薬にもなる。国際ニュースを見ていくときに地政学的視点を持つと、物事がすっきり見えてくることがあるのは否定できない。複雑な国際情勢を地理とパワーの均衡で読むというのは、1つの視点だろう。ただ、これが、通俗的に受容されすぎると、「日本はシーパワーだから、日本は集団的自衛権を行使できるようにして、中国の台頭を封じ込めよう」というプロパガンダにも利用される危険性もある。無論、大国間のパワーバランスに日本人はもっと敏感になるべきだろうが、過敏になるべきではない。ナチズムに利用されたことや、ある種の決定論であると見られたことから、長らく地政学は「知的毒物」だとして敬して遠ざけられてきたわけだ。
(つづく)
<プロフィール>
中田 安彦(なかた・やすひこ)
1976年、新潟県出身。早稲田大学社会科学部卒業後、大手新聞社で記者として勤務。現在は、副島国家戦略研究所(SNSI)で研究員として活動。主な研究テーマは、欧米企業・金融史、主な著書に「ジャパン・ハンドラーズ」「世界を動かす人脈」「プロパガンダ教本:こんなにチョろい大衆の騙し方」などがある。関連キーワード
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