2024年12月23日( 月 )

地球のための1%、パタゴニアらしさの1%(3)~ビジネスの手法を変える挑戦

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パタゴニア日本支社長 辻井 隆行氏

ビジネスの手法を変えるアプローチ、反映されていないコスト

 ――パタゴニアの独自の価値を持ちながら、成功した根本には商品の魅力があると思います。価格は高額であり、それでも購入する。逆に、それだけの品質を提供しようと思えば、リーズナブルな価格かもしれませんが…。

水や化学薬品などの使用量を大幅に減少した新しいデニム製品<

水や化学薬品などの使用量を大幅に減少した新しいデニム製品

 辻井 製品の価格についてお話しますと、今、マーケットで売られている一般的な製品には、本来反映されるべきコストが反映されていないケースが非常に多いと考えています。
 それは大きく言って2つあって、1つはサプライチェーンの、例えば縫製工場とか農家の方々が労働に見合った報酬を受け取っていないというケース。実際に、先進国の消費者がTシャツを500円で買えるようにするために、バングラディシュの縫製工場のスタッフが時給14セントで働いているようなことが起きています。資本主義の世界では、その国で定められたルールを守っていれば、それで良いというのが当たり前の考え方ですが、定められた最低賃金では生活できないケースも多くあります。私たちは、自分たちのバリューに照らして、支払われる賃金は、そうした労働者が自立できる水準にまでは引き上げられるべきだと考えています。フェアトレードの導入はその具体的なアクションの一例です。

 もう1つは、環境的なコストです。たとえば、オーガニックコットンを栽培するには、農薬や殺虫剤、枯葉剤などに依存している通常のコットンよりもコストがかかります。高額になるのであれば、そうした方法は採用しないというのが通常のビジネスの考え方ですし、法律に違反しているわけでなければ尚更です。しかし実際には、殺虫剤や農薬を多用することによって土壌や地下水が汚染されていくし、働いている従業員の健康が損なわれるということが起きている。本来、ビジネスは、そういうことが起きない形で、責任を持った形で行うべきだと思います。そうしたコストを製品の原価として計上して、初めて適正な価格が見えてくるのではないでしょうか。環境コストは定量化しにくいので、そうしたコストが製品価格に反映されないことがスタンダードになっています。

 ――そういうミッションやコアバリューを、グローバルで2,500人、国内で500人の従業員に浸透させるには、採用の時点で人材を選んでいらっしゃるのですか。

 辻井 はい、採用の時には、私たちと近いバリューを持っているかどうかは一つの大きな基準になります。

 ――採用の時に選んだとして、全体に浸透するのは苦労でしょう。

パタゴニア鎌倉店<

パタゴニア鎌倉店

 辻井 コアバリューを頭で理解できたとしても、実際の業務で体現することは簡単ではないですね。社員は役割が一人一人違うので、それぞれが自分の行う仕事の決断を同じ基準で下すことが大事です。物流の関係者であっても、財務の関係者であっても、例えば効率化を目指した時に、その延長線上でだれかが嫌な思いをしないかとか、だれかに迷惑がかからないかとか、環境に負荷がかかり過ぎないかとか、そういうことをそれぞれのポジションの人が考えられるようになれば良いですね。そのカギになっているのがコアバリューであって、一番大事なことは、組織の中でそういう決断を下す場面にいる人が、そういう決断を下せるかどうかだと考えています。

 ――99%を鍛える改革は具体的にどこまで進んでいますか、進める上でのポイントは?

 辻井 意識して取り組みをスタートさせて2年ほどになりますが、本当に、特別なことではなくて、セールス、マーケティング、人事、IT、ファイナンスといったそれぞれの機能の精度が正確性、効率性を増していくことに主眼を置いています。ですが、その時に、バリューの部分が損なわれないように、そこから外れないようにとても注意を払っています。実際に行なっている取り組みそのものは一般的な企業とそれほど変わりません。

 ――辻井支社長が店舗にいた時、買い物袋をめぐって、パタゴニアは紙袋の提供をやめたので、それを伝えて、7万円のジャケットを買ったお客さんにそのまま渡そうとしたことがあるとお聞きしました。お客は怒って、買わずに帰ってしまった。その日の終礼で、マネージャーが、辻井さんのとった行動を叱るのではなく、「これを話し合ってみよう」というかたちでスタッフ全員で議論した。これはすごい対応だし、スタッフ全員がバリューをしっかり考えていないと、そのディスカッションは成り立たないと思いました。

 辻井 そうですね。こういうことは無形文化みたいなもので、紙には書けないですし、この通りにしなさいと言ってできることでもない。もちろん言語化することは必要なので資料などはありますが、一番大事なのは、実践するということだと思います。「1対2対7」という比率を学びの法則と呼ぶらしいですが、1というのは講演会とか読書とか机上の勉強の部分で、確かに多くの知識を吸収することに役立ちます。けれども、それは10のうちの1に過ぎなくて、仲間と相談したり、対話を持つことでそれが2にも3にもなっていって、そうやって得た知識に基づいて自ら経験し、実践することでようやく知識が自分の知恵やスキルになるという話です。ミスをしない人はいないので、必ず間違いをしたり失敗したりを繰り返して、自分で気づいて身につけていくことが大切だと思います。そのためには、組織全体としての評価の軸がバリューと一致しているということが大事です。

(つづく)
【山本 弘之】

<プロフィール>
tujii辻井 隆行(つじい・たかゆき)
1968年生まれ。早稲田大学卒業、実業団サッカー部所属。引退後、早稲田大学院社会科学研究科修士課程修了。シーカヤックインストラクターを経て、1999年、パタゴニアにパートタイムスタッフとして働き、2000年に正社員。2009年から日本支社長。

 
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