2024年11月25日( 月 )

食料は軍事・エネルギーと並ぶ国家存立の3本柱!(4)

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東京大学大学院 農学国際専攻 教授 鈴木 宣弘 氏

世界をコントロールするための一番安い武器は「食料」

 ――先生は、著書『食の戦争』(文春新書)のなかで、食料は「国家安全保障」という量的な面と、「食の安全性」という質的な面の両方で考えることが重要であると、指摘されております。

 鈴木 日本では、最近の風潮として、「安さ」だけを求める傾向が強くなっています。しかし、そこだけに留まっていると、「命を削り、次世代にも負担を強いることになる」ことを認識すべきです。

mugi まず、「国家安全保障」の問題です。世界的には「食料は軍事・エネルギーと並ぶ国家存立の3本柱」というのは常識です。日本では、食料政策や農業政策の話になると、「農業保護率が高すぎるのではないか」という論点ばかりが目立ち、「安全でおいしい食料をどうやって確保していくのか。そのために生産農家の方々とどう向き合っていくのか」という議論ができていません。08年に起きた「世界食料危機」では、世界的にはコメの在庫が十分にあったにも関わらず、輸出規制の頻発により、お金を出してもコメが手に入れられないという事態が起き、ハイチやフィリピンを直撃、ハイチでは死者も出ました。これは、米国の食料戦略のもと、資金融資の見返りに関税撤廃を迫られ、主要穀物を輸入に依存する状況になっていたことが原因です。しかも、とうもろこしをバイオ燃料に回すことで「食料危機」の発火点をつくったのも米国です。すべては米国による「人災」なのです。このことは、日本にとって対岸の火事ではありません。

 米国農業の強さは、食料生産コストの低さによる輸出競争力にあると言う方がいます。それは誤りです。米国は、競争力でなく、巨額の補助金による徹底した食料戦略によって、食料輸出国になっています。米国にとって、「食料は武器、しかも世界をコントロールするための一番安い武器」だと認識されています。米国ではコメと小麦とトウモロコシの穀物3品目について、多い年は1兆円もの輸出補助金を使って安く輸出しつつ、農家の生産を支えています。日本では、米国主導のルールで、補助金を禁じられているのでゼロとなっています。ブッシュ前大統領が食料・農業関係者に、「食料自給はナショナル・セキュリティの問題だ。皆さんのおかげで、それが常に保たれている米国は何とありがたいことか。それに引き換え、食料自給できない国を想像できるか。それは国際圧力と危険に晒されている国だ」とお礼を言ったことは有名な話です。このなかの「食料自給できない国」は日本のことを指しています。さらに、農業が盛んなウィスコンシン大学の教授は、農家の子弟が多い講義で「食料は武器であって、日本が標的だ。直接食べる食料だけでなく、日本の畜産のエサ穀物を全部供給すれば日本を完全にコントロールできる。これがうまくいけば、これを世界に広げていくのが米国の食料戦略なのだから、皆さんはそのために頑張るのですよ」という趣旨の発言をしています。

 このように、日本の食は戦後一貫して、米国の国家戦略によって米国にじわじわと握られてきました。そして今、TPPでその仕上げの最終局面を迎えているのです。
 次は、「食の安全性」の問題です。農畜産物関税の話は、農家や畜産家が困るだけの話で、「消費者は安いコメ、野菜などが手に入り、牛丼や豚丼が安くなるからいいのではないか」という声も聞こえてきます。これは危険な考えで、究極的には「食材に農薬や有害物質がどれだけ入っていようが、安ければいい」というところに行き着いてしまいます。たとえば、TPPで牛肉関税が下がると、オーストラリアや米国産の牛肉が増えてきます。一部でガン性リスクが懸念され、日本では使用が認可されていない成長ホルモン入り牛肉も入ってくるのです。EUでは、1989年に米国産牛肉を禁輸しました。その後の調査で、加盟各国で「乳がんの死亡率が大幅に下がった」というデータも出ているのです。

 また、TPPに参加すれば、米国の乳製品輸入が増加することがわかっています。しかし、それには健康上の不安があります。米国では94年以来、“rbST”という遺伝子組み換えの成長ホルモンを乳牛に注射して生産量の増加を図っています。ところが、この成長ホルモンは「女性の乳ガン発症率が7倍になった」という論文もあり、日本やヨーロッパやカナダでは認可されていないのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
suzuki_pr鈴木 宣弘(すずき・のぶひろ)
1958年三重県生まれ、82年東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授、コーネル大学客員教授を経て、2006年より東京大学大学院農学国際専攻教授。専門は農業経済学。農業政策の提言を続ける傍ら、数多くのFTA交渉に携わる。著書に『食料を読む』(共著・日経文庫)、『WTOとアメリカ農業』、『日豪EPAと日本の食料』(以上、筑波書房)、『食の戦争』(文藝春秋)、『岩盤規制の大義』(農文協)など多数。

 
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