大学教育が死んで、日本の知が崩壊する?(3)
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横浜国立大学 教育人間科学部 教授 室井 尚 氏
大学は利益を追求する、重視する組織ではない
――今回の「大変な事件」の根は深く、1987年まで遡る必要があるのですね。ここで少し歴史を離れます。昨今、民主主義でさえ「株式会社化」していると言われます。国立大学の独立法人化も、言い換えれば株式会社化と言えます。「機能化」「効率化」「数量化」などの重要性は認めますが、本当に大学は株式会社化していいのでしょうか。
室井 大学は「株式会社化」してはいけないと思います。大学は基本的に利益を追求する、重視する組織ではありません。このことを、現在の政策側はまったく忘れてしまっています。
現在文科省の下で、政策作成を行っている総研などや学長選考会議(国立大学法人法に規定された経営協議会学外委員や学外有識者を加えた選考会議で、学内外から学長を選出する)などの委員が、経営学専攻やアメリカ留学のMBAホルダーなどが多い影響で、大学を会社になぞらえ、会社で行っているすべてのことを大学に押し付ける傾向にあります。学長のガバナンス強化も会社のCEO的存在をイメージしていると思われます。従わない大学は、国からの運営費交付金を削減
15年6月8日付で、文部科学省は、全国の国立大学に対して「国立大学法人等の組織及び業務全般の見直しについて」という通達を行っています。この要請の具体的な中身は国立大学に関しては、以下の8項目にまとめられています。
1.「ミッションの再定義」を踏まえた組織改革
2.各地域における知の拠点としての社会貢献・地域貢献の推進
3.国境を越えた教育連携・共同研究の実施や学生の交流等、グローバル化の推進
4.学長等を補佐する体制の強化等、ガバナンス改革の充実
5.年俸制・混合給与の積極的な導入など人事・給与システム改革の推進
6.法令遵守体制の充実と研究の健全化
7.アクティブ・ラーニングの導入等、大学教育の質的転換
8.多面的・総合的な入学者選抜への転換この通達は、文部科学大臣が国立大学に対して、(1)その組織・業務全般にかかる見直しを直接提示し、(2)各大学の第3期中期目標・中期計画期間において「自らの強み・特色や高い到達目標・実現手段・検証指標を明示した戦略性が高く意欲的な」目標・計画を設定することを要請、(3)この要請に従った大学には優先的に予算配分を行うとしているのです。
このことは、逆に言えば、「要請」に従わない大学には、国からの運営費交付金を削減するという強い命令とも受け止められる文章になっています。人文社会科学・教員養成系は廃止や組織の転換
このうち、1については、付帯事項として、「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野の転換に取り組むように努めることとする」があり、実際に教員養成系の「新課程」では、ほとんど全国一律で、「廃止」が告げられています。
これに対して、国立大学協会の里見進会長(東北大学長)は、同年6月中旬に東京都内で開いた記者会見で「非常に短期の成果を上げる方向に性急になり過ぎていないか。大学は今すぐ役に立たなくても、将来大きく展開できる人材をつくることも必要」と述べ、文系学部の必要性を訴えています。また、京都大学の山極壽一総長も、「幅広い教養と専門知識を備えた人材を育てるためには人文社会系を失ってはならない。(下村文科相が要請した)国旗掲揚と国歌斉唱なども含め、大学の自治と学問の自由を守ることを前提に考える」(6月17日の会見)と、強く批判しています。
私もこれらの政策は、根本的に間違っていると考えています。それは、大学の活力を著しく弱める政策であることは、これまでの数々の文理融合学部の失敗などで、明らかになっているからです。
人気が高く卒業生は多様な領域で活躍している
――教員養成系の「新課程」とは、耳慣れない言葉ですが、どのようなものか、簡単に教えていただけますか。
室井 教員養成系の「新課程」とは、教員需要の低下と大学入学定員の増加という矛盾する問題の解決策として、約30年前の1980年代に教員免許を取得させない「教養学部」的な組織としてできました。その後も、教員就職率はゆるやかに低下し、各大学の入試においても、「新課程」の方が教員養成系よりむしろ人気があり、難易度も高くなっています。とくに、旧制の専門学校が集められ文学部や理学部が欠けていた地方の新制大学では、幅広い専門が学べる「新課程」に大きな人気が集まっています。
横浜国立大学の教育学部でも、95年前後、教員就職率が下がり続ける一方で「新課程」の教養系の人気はどんどん上がっていき、これを放置することができないという気運が学内で高まりました。そこで、97年10月の全学的な改組において、新課程をきちんと組織に改組した「教育人間科学部」が誕生しました。
私の所属する文理融合の「マルチメディア文化課程」(改組後は「人間文化課程」)の30代になった卒業生は、IT企業家、アーティスト、映画プロデューサー、キュレーター、演出家、俳優など多様な領域で活躍しています。その人間文化課程が、今回、一方的に「廃止」を言われたのです。今回の決定が、いかに大学や社会のニーズを無視し、学生を馬鹿にしたものであるかがおわかりいただけると思います。
(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
室井 尚(むろい・ひさし)
1955年3月24日山形市生まれ。横浜国立大学教育人間科学部教授。京都大学文学部卒業。同大大学院文学研究科博士課程修了。帝塚山学院大学専任講師などを経て、92年から横浜国立大学助教授、2004年から現職。01年には「横浜トリエンナーレ2001」で全長50mの巨大バッタバルーンを含む複合アートを制作、11年にはクシシュトフ・ヴォディチコ氏を招き、学生達と新作プロジェンクション・アートを制作するなど、ジャンルを超越した分野で活躍。専門は哲学、美学、芸術学、記号論など。著書として、『情報宇宙論』(岩波書店)、『哲学問題としてのテクノロジー』(講談社選書メチエ)、『タバコ狩り』(平凡社新書)など多数。関連記事
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