2024年12月12日( 木 )

中島淳一「古典に学ぶ・乱世を生き抜く智恵」(18)

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劇団エーテル主宰・画家 中島淳一氏

 己の創作領域のみを棲家とし、その域を超えた活動には慎重になりがちな芸術家が多いなか、福岡市在住の国際的アーティスト、中島淳一氏は異色の存在である。国際的な画家として高い評価を得るだけでなく、ひとり芝居に代表される演劇、執筆活動、教育機関での講演活動などでも幅広く活躍している。
 弊社発行の経営情報誌IBでは、芸術家でありながら経営者としての手腕を発揮する中島氏のエッセイを永年「マックス経営塾」のなかで掲載してきた。膨大な読書量と深い思索によって生み出される感性豊かな言葉の数々をここに紹介していく。

埴谷雄高「不合理ゆえに吾信ず」(Credo,quia absurdum.)に学ぶ~肉体は意識の遊歩場である~

 文学界の鬼才、埴谷雄高(1910ー1997)は台湾に生まれる。少年の頃より、ロシア文学に魅せられ貪り読む。日大予科中退、1932年、不敬罪等により起訴され、刑務所でカントの著作物を読み、文学に開眼する。1939年同人誌【構想】を創刊。アフォリズムによる詩と論理の融合に挑んだ名作「不合理ゆえに吾信ず」を世に問う。

中島 淳一 氏<

中島 淳一 氏

 私はしばしば相反する力の根源となった。
 人はこの世に生を受け、ものごころつく頃には必ず、ひとつの疑問を持つようになる。なぜ自分は存在するのか。けっして答えの出ない自問自答を繰り返し、存在の不快を味わうことになる。その感触はよほど鈍い人間でない限り生涯まとわりついて離れることなく、ことあるごとに神経を苛立たせる。それは本来目をそむけることができない人間の実存だからである。
 あらゆる主張には偽りの響きがある。無知の知を説き、つねに絶対的真理を自覚しているというソクラテスの如き輩には辟易する。むしろ、ソフィスト達が見放し、また見放された相対主義にそこはかとなく魅せられる。
 あなたのようなとりとめのない人はいない。そう妻に言い放たれたソクラテスはクサンチッペの風貌を思い出すたびに、汝自身を知れというデルフォイの神託よりもはるかに厳粛に響く、刻印のような重苦しさを覚えたはずだ。結婚したらいいのか、しないほうがいいのかを尋ねられた時、 いずれにしても諸君は後悔するだろうと答えるしかなかったのだから。
 我々がなんであれ、いずれにせよ、とにかくあらゆる概念とは別の何かなのだ。この世には魂の揺すられる純粋な場所はない。愛さぬ女の濃厚な接吻のように存在がいかなる刑罰をくらうかを予感し、楽しむ者だけが相反する力の根源となり得るのだ。

 おれは人間でありたいとは欲しない。何か謎でありたい。
 おまえはまだもの欲しげな瞳をしているのか。
 ものういわが魂よ。かくして、衰頽は常に独り言から始まる。
 ある存在がティタン族の神々の一人に訊く。永遠の生命と全知全能はどれくらい重いのかと。わが萎えたる身を覆う石の柩の如くにというありきたりの曖昧な答に満足するはずもなく、ある存在は考えた。
 ここに顔を顰めむづがっている赤ん坊がいるとして、その理由を云い切ることが可能であろうか。もし、できるとしたらそれが世界で最初の言葉になるに違いない。人間は笑うしかないのだ。その確かさを知れば知るほど実は存在の不快にみごとに支えられている自分自身を知ることになる。
肉体は意識の遊歩場だ。
 汝を埋め、汝をそこに歪める柩。汝はそれを肉体と呼ぶ。人間はそこに憩い、そこから立ち上がることができない。荒涼たる祝祭。不意に蘇る蒼白い美しい女の胸の仄かなうぶ毛。薄羽蜉蝣のように透明な交響曲、変貌という名の神々の園。わが魂が復帰し得る唯一の根源としての存在。星雲も原始の秘密も人間に内在する渾沌によって解き明かされるであろう。
 自然は自然に於いて衰頽することはない。陽炎の立つ陽光の中にじっと座っていると、蝕まれてゆく仮面と風貌が透かして見えてくる。未だ知ることのなかった自分自身の窓が開き、密かにまさぐっていた筈の人類の謎がそこからゆらぎながら出現する。肉体は意識の遊歩場である。


<お問い合せ>
劇団エーテル
TEL:092-883-8249
FAX:092⁻882⁻3943
URL:http://junichi-n.jp/

<プロフィール>
nakasima中島 淳一(なかしま・じゅんいち)
 1952年、佐賀県唐津市出身。75~76年、米国ベイラー大学留学中に、英詩を書き、絵を描き始める。ホアン・ミロ国際コンクール、ル・サロン展などに入選。日仏現代美術展クリティック賞(82年)。ビブリオティック・デ・ザール賞(83年)。スペイン美術賞展優秀賞(83年)。パリ・マレ芸術文化褒賞(97年)。カンヌ国際栄誉グランプリ銀賞(2010年)。国際芸術大賞(イタリア・ベネチア)展国際金賞(10、11年)、国際特別賞(12年)など受賞多数。
 詩集「愁夢」、「ガラスの海」、英詩集「ALPHA and OMEGA」、小説「木曜日の静かな接吻」「卑弥呼」、エッセイ集「夢は本当の自分に出会う日の未来の記憶である」がある。
 86年より脚本・演出・主演の一人演劇を上演。企業をはじめ中・高校、大学での各種講演でも活躍している。福岡市在住。

 
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