文化論としての「アキバカルチャー」!(5)
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インテグリカルチャー(株) 代表 羽生 雄毅 氏
原作人気を押し上げる「逆転現象」も起きた
――前回、サイバーカルチャーに乗った「グローバル・アキバカルチャー」という全世界文化圏で育った「OTAKUネイティブ」が社会に進出し始めているというお話を聞きました。ではそのことによって、世界ではどんな現象が起きつつあるのでしょうか。
羽生 1つは、日本で発表されたアニメやマンガのキャラクターが一部改変・創作され、世界のネット上に「ミーム」として拡散されています。そして、こうしたミームの人気が、マンガやアニメの原作人気を押し上げる「逆転現象」も起きています。
もう1つは、幼少期からインターネットに触れ、「サイバーカルチャー」で人格を形成した世界のデジタルネイティブの一部が「反体制」を掲げ、ネットの力を使って、リアルな政治や社会を大きく変えていくような、まさに「歴史的な現象」さえ起こり始めています。
そして、そのなかにも相当数の「OTAKU」がいます。「ネット越しの仲間意識」によって瞬時に
――それは、驚きです。どちらのケースも、少し例を挙げて解説頂けますか。
羽生 日本のオタク文化が世界中に広まったのは、インターネットの普及によるサイバーカルチャーの勃興に相乗りしたためということは、先に申し上げました。日本のアニメやマンガなどが世界中で人気となるにあたり、その過程で必ずファンによる二次創作やコラージュ画像のネット上での大量流通、いわゆる「ネットミーム化」が起こっています。そして、「ネットミーム化」したものは、言葉の壁は関係なく、「ネット越しの仲間意識」によって瞬時に世界へと広まっていきます。つまり、ネットで人気ということは、ネットミーム化していることに他なりません。
このような「ネット越しの仲間意識」をベースとする流行は、ハリウッド映画や韓流ドラマでは一般的でなく、日本発「アキバカルチャー」の際だった特徴です。これは、グローバル・アキバカルチャーの担い手の大多数がインターネットのヘビーユーザーで、サイバーカルチャーという文化を共有しているからなのです。
巨大インターネットコミュニティに「4chan」
――ネットの海は広大で、日本の「2ちゃんねる」と似たような、制御不能とでも言えるようなアキバカルチャーの拡散装置があるとも聞いています。それは、どのようなものですか。
羽生 アキバカルチャーの世界的流行を考えるうえで、無視できない巨大なインターネットコミュニティに「4chan」というのがあります。これは2003年に米国ニューヨーク州に住む15歳の少年(ハンドルネーム“moot”)が作った画像掲示板です。この4chanがなぜ「日本発のアキバカルチャーの拡散装置」足り得るのかと言えば、そもそもこの掲示板はmootがアニメについて語り合うために、日本の画像掲示板『ふたば☆ちゃんねる』に倣って作ったものだからです。4chanのサイトの4分の1は、アニメ・マンガ・ゲーム・二次創作など、アキバカルチャー関連で構成されています。
この他に世界各国には、“chan-board”と呼ばれる4chanの類似サイトがたくさんあります。代表的なものとして、ドイツ語圏の『krautchan(クラウチャン)』、ロシア語圏の『dvach(ドヴァーチ)』、スペイン語圏の『nido(ニード)』などがあります。これらのサイトには、いずれもアニメ板などの日本関連の掲示板が完備されており、4chanで流行した「アキバカルチャー」のネットミームは、これらのサイトを通じて世界に拡散されています。さらに、最近は、フェイスブック、タンブラー、インスタグラムのようなSNSのなかにあるコミュニティも、これに加わっています。
アノニマスの出自は4chanの「名無し」である
――先ほど、「リアルな政治や社会を大きく変えて行くような」なサイバーカルチャーに乗った「グローバル・アキバカルチャー」も存在すると言われました。少し、例を挙げて頂けますか。
羽生 サイバーカルチャーの特徴である、反抗心とネット越しの仲間意識を最も体現しているのがハッカー集団「アノニマス」です。アノニマスという名前の出自は4chanの「名無し Anonymous」であることは有名な話です。彼らは実際に徒党を組んでいるわけではなく、組織にはリーダーもいません。政治的・思想的動機でハッキングやクラッキングなどを行う個人もしくは団体が、アノニマスを自称しています。
しかし、政治的影響力は大きく、「反サイエントロジー運動」、「アメリカ外交公電ウィキリークス流出事件」、「CIA公式サイトクラッキング事件」、「メキシコ麻薬組織への報復強迫事件」、「プレイステーションネットワーク個人情報漏洩事件」など、小規模なものを含めると100軒を超える事件を起こしています。これらの一連の事件の裏には、「情報は何もかも公開されるべき」という4chanユーザーの信条が見えます。「グローバル・アキバカルチャー」や「OTAKUネイティブ」は、こんな世界と隣同士だったり、重なっていたりします。アラブの春とイスラム国にもサイバーカルチャーの影響が
また2010年の暮れから11年にかけて起きた世界史に残るような一大事件、アラブ世界における大規模反政府運動「アラブの春」もその影響を受けています。そこには、「反・情報隠蔽」、「反体制」、「仲間」という4chanユーザーやアノニマスが好みそうなキーワードがすべて揃っていました。結果的に、日本の2ちゃんねるというアナーキーな匿名掲示板文化が4chanとなり、それが世界の歴史を動かしたことになります。現在、世界を騒がしているイスラム国も情報戦が上手だと言われていますが、ここにもサイバーカルチャーが大きな影響を与えていることが読み取れます。何よりも、中心になって活動している兵士はまぎれもなく、デジタルネイティブで、「OTAKUネイティブ」と同世代なのです。
先達の知識人や文化人の皆さんにもご教示を
――まだまだ、お聞きしたいことはたくさんありますが、時間が来てしまいました。本日のお話は世代の違いもあり、目から鱗の部分が多くありました。最後に、読者に一言頂けますか。
羽生 本日は「アキバカルチャー」に関して、主に文化論的側面からお話させて頂きました。それは、アキバカルチャーは単なる流行のコンテンツではなく「サイバーカルチャー」と一体化し、コスプレからネットミームまで、様々な媒体を統合しながら、価値観やアイデンティティの域に達していることに気づいたからです。「サイバーカルチャー」、「OTAKUネイティブ」など、アキバカルチャーにはまだまだ研究の余地がたくさんあります。その是非については、賛否両論あるかもしれませんが、今やアキバカルチャーも世界の最先端の流行であることは疑いようがありません。読者の多くの皆さん、とりわけ先達の知識人や文化人の皆さんにも、この議論に参加して頂き、色々な示唆、ご教示等を頂ければ幸いです。
――本日は、お忙しいなかどうもありがとうございました。
(了)
【金木 亮憲】【注】インターネット・ミーム(Internet meme):インターネットを通じて人から人へと、模倣やパロディとして拡がっていく行動・コンセプト・メディアのこと。近年の様々なウェブサービスの普及がその進化を早めている。
<プロフィール>
羽生 雄毅(はにゅう・ゆうき)
インテグリカルチャー(株) 代表。
1985年生まれ。2006年オックスフォード大学化学科卒業。2010年同大学院博士課程修了。
在学中は科学ソサエティー会長やアジア太平洋ソサエティーの委員を務める。帰国後は、東北大学と東芝研究開発センターを経て2015年にインテグリカルチャー(株)を設立。日本初の人工培養肉プロジェクト「Shojin meat Project」を立ちあげる。その一方で、オックスフォード大学在学中から、2ちゃんねるやニコニコ動画のヘビーユーザーであり、帰国後も同人誌即売会やイベントなどの「オタク活動」を行っている。関連記事
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