2024年04月20日( 土 )

新幹線整備にブレーキ 長崎ルートは必要か(前)

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 「本当に長崎新幹線は必要だと思うか」
 2月上旬、長崎県平戸市の漁港で通りがかりの老人からこう尋ねられた。偶然にも同じ日、国土交通省は九州新幹線西九州ルート(長崎ルート)の開業が2025年春以降になる見通しを明らかにしている。当初予定の22年から3年遅れだ。長崎県は「リレー方式」で予定通りの開業を目指す方針だが、佐賀県はフリーゲージトレイン(FGT)導入にこだわっている。そもそもこうした2つの県の対立が、長崎ルートの計画を翻弄させた原因の根本だといっていい。平戸の老人が口にした疑問、いや不満は彼一人のものではなく、多くの県民の間に伏在している。

負担巡り2県が対立

station 文字通り計画のブレーキ役となったFGT。日本語では軌間可変電車と訳され、車軸の長さを変えて幅の異なる2種類の線路を走行できる新型車両である。聞こえは良いが、実は苦肉の策だ。長崎ルートは在来線と新幹線の2つの線路を使うことになっている。長崎―武雄温泉と新鳥栖―博多は新幹線のフル規格だが、その間を結ぶ武雄温泉―新鳥栖で在来線を共用。このように奇妙な路線は国内でも他にない。そうなってしまった理由は財政負担だ。新幹線の整備にかかる国庫負担の割合は3分の2。残る3分の1が地方公共団体だ。このため長崎県は県民に対し「約3割の負担でしかない」と建設推進を喧伝してきた。一方、佐賀県の立場は「約3割も負担しなければならない」。新幹線ができればますます素通りされるようになり、衰退が加速してしまうのではないか。その危機感が佐賀県を負担拒否に走らせた。

 長崎県も本音は全線フル規格化を望んでいる。FGTを使った長崎―博多間の所要時間は約1時間20分。県の担当者は「在来線区間には単線があり、特急や鈍行も走るので行き合いが生じる。せめて区間を全部複線にしてくれれば」と苦渋をにじませた。現行の特急「かもめ」は最速1時間48分と比べると短縮時間は28分。行き合いがあれば、この差はもっと少なくなる。例えば「かもめ」の行き合いでも、タイミングが悪ければ20分程度遅れることはざらだ。それを経験で知っている長崎県民にとって、県のいう短縮時間は額面通りに受け止められる数字ではなく、「所要時間が『かもめ』とほとんど変わらない新幹線をわざわざ作る必要があるのか」という不満が噴き出す温床となっている。10数年前、長崎市のある幹部は「2022年までにはリニアモーターカーが実用化されて、長崎新幹線はそれに変わるはず。リニアなら長崎―博多間はたったの20分だ」と言い放った。しかし、それはいまだ実現可能なシナリオではない。

綱渡りの計画推進

 新幹線の整備は長崎県にとって悲願を通り越し、もはや執念ともいえよう。計画決定は1973年。しかしそれが一向に進まなかったため、78年には放射線漏れ事故を起こした原子力船むつを佐世保港で受け入れるという奇策に出る。その際、国から優先着工を認める念書を取り付けた。しかし、それも功を奏せず、国鉄と計画を引き継いだJR九州という壁にぶつかる。採算面に難があると消極的な姿勢を見せたのだ。87年にJR九州が発表した年間102億円の赤字という収支予測は衝撃を与えた。佐世保市民の猛反発を受けながら佐世保回りルート案を捨て、さまざまな見直しを受け入れながら現行の形に落ち着き、2008年の着工認可にこぎつけたのである。国の計画案では長崎ルートと呼称されているのだが、長崎・佐賀両県は独自に西九州ルートと呼ぶ。長崎ルートでは通過県のイメージが強くなると懸念する佐賀県民に配慮したためだ。長崎県の担当者は地元マスコミの取材に対しても、その呼称を使わないようにピリピリした態度で応じる有様で、裏返せばそこには綱渡りのように新幹線建設を推進する苦衷が浮かんでいるともいえた。

(つづく)
【平古場 豪】

 
(後)

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