米国による米国企業のための日本国家戦略特区!(2)
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立教大学経済学部教授 郭 洋春 氏
日本の近年の特別経済区は規制緩和に偏っている
――前回は、冒頭から核心に迫るお話で始まりました。この辺で、多くの読者になじみが薄いと思われる特別経済区(Special Economic Zone、以下SEZ)について教えて頂けますか。
郭 SEZについては、ILO(国際労働機関)が1998年に「外国投資を誘致するために特別な優遇策を付与された産業地区。地区に輸入された財は再輸出のために程度の差はあるが加工される」と定めています。また、92年に世界銀行では、「囲いで仕切られた工業団地で輸出向け製造業に特化したもの。入居企業に対して自由貿易的条件とリベラルな規制環境を提供するもの」としています。
以上のことから、SEZというのは、次のような条件・性格を満たす区域であるということができます。
(1)外国からの投資を誘致するために、投資受け入れ国の他区域以上の水準でビジネス・インフラとサービス(土地・オフィススペース、電気・ガス・水道・物流サービス、ビジネスサービスなど)が提供される。
(2)柔軟なビジネス規制。労働その他のビジネス関連法規の柔軟性が投資受け入れ国の他区域に比べて高く、許認可申請・関税事務などが簡素化され、役所手続きが最小限に抑えられることが必要である。
(3)区域内の企業がターゲットとする市場は、投資受け入れ国外の輸出市場にフォーカスすること。
(4)外国企業に対して、必要な原材料などの輸入に対する関税の減免、売上税・法人税などの減免といった魅力的なインセンティブ・パーッケージがあること。今回の安倍政権の「国家戦略特区」を含めて近年の日本に設置されたSEZは(2)の「規制緩和」に考えが偏っている傾向があります。しかし、それは誤りです。逆に、この4つの条件を満たさない限り、SEZという経済政策では成功の可能性はありません。
中国でも、経済成長後のSEZは成功していない
――それは重要な視点ですね。漠然とですが、SEZ=「規制緩和」と思い込んでいた、思い込まされていた感があります。
郭 そのことに気づいて頂きたいことも、この本を著した大きな理由の1つです。
近代(第二次世界大戦後)において、第1号の特別経済区は、59年にアイルランドに設置された「シャノン空港輸出加工区」と言われています。輸出加工区(Export Processing Zone)はSEZの中でも特に外国籍を中心とした輸出だけを行う企業にのみ開かれ、国内経済とは完全に切り離された工業団地を意味します。しかし、世界でSEZが有名になるのは、79年に中国が鄧小平の開放政策によって、深圳、珠海、汕頭、厦門の4カ所に設置した「経済特区」です。このSEZは大きな成功を収めました。当時、中国は社会主義経済から市場経済への移行期でもあり、外資にお金、技術を持ってきてもらったことが世界第2位のGDPを誇る国への基礎を作ったことになります。
このように、SEZは開発途上国でのみ、真価を発揮できる経済開発への手段なのです。その中国も、経済成長実現後に新たに設置したSEZでは成功を収めていません。金・技術・人が、日本で一番の所に国家戦略特区
――先生は、安倍政権の「国家戦略特区」を「異形の特区」と言われています。どの点が、異形なのでしょうか。
郭 まず、日本はGDPベースで、米国、中国に次ぐ、世界第3位の経済大国です。その日本の経済政策(経済成長の手段)として、SEZは相応しくなく、また成功の可能性がほとんどないことはこれまでの例から見て明らかです。
そして、安倍政権の「国家戦略特区」をよく見ると、さらに驚くべき事実が浮かび上がってきます。それは、特区に指定された地域に関するものです。2014年5月に安倍政権は、東京圏、関西圏、福岡市など6地域を国家戦略特区に認定しました。また、15年8月には、「地方創生特区」というサブタイトルのもとに第2次指定として、愛知県など3地域を追加認定しています。同じ年の12月には、第3次指定として、広島県・愛媛県今治市の一区域を追加認定し、その際、東京圏に千葉市、福岡市のエリアに北九州市を追加することを決定しています。
私は先ほどから、「SEZは、お金や技術のない途上国でこそ真価を発揮する経済開発の手段」と繰り返しお伝えしてきました。ところが、東京圏、関西圏、福岡市・北九州市の3区域の総生産は日本全体のGDPの約4割を占めます。つまり、本来のSEZの在り方とは、真逆に、「お金も、技術も、人も、日本で一番あるところ」に「国家戦略特区」を作っています。さらに、第3次指定までの域内総生産の合計は日本のGDPの5割を超えてしまうのです。これが、私が「異形の特区」と考える理由の1つです。
では、なぜすでに充分に富裕な東京圏、関西圏、愛知県などに敢えて、国家戦略特区を設置するのでしょうか。それは安倍政権の「世界で一番ビジネスがしやすい環境」を創出した先には、いうまでもなく「外資の誘致」という狙いがあり、その外資にとって、魅力があるのは、東京圏、関西圏、愛知県などだからです。このように考えていくと、安倍政権の国家戦略特区は「国民の生活に向上をもたらす経済成長」のためではなく、「外国の資本、米国資本にとって、活動しやすい地域を作る」というところに、主眼が置かれていることがお分かり頂けると思います。
私が著書のサブタイトルに「外資に売られる日本」とつけた理由はここにあります。(つづく)
【金木 亮憲】<プロフィール>
郭 洋春(カク・ヤンチュン)
1959年7月生まれ、立教大学経済学部教授。専門は、開発経済学、アジア経済論、平和経済学。著書として、『韓国経済の実相─IMF支配と新世界経済秩序』(柘植書房新社)
『アジア経済論』(中央経済社)、『現代アジア経済論』(法律文化社)、『開発経済学―平和のための経済学』(法律文化社)、『TPPすぐそこに迫る亡国の罠』(三交社)、『国家戦略特区の正体』(集英社新書)。共著として『環境平和学』(法律文化社)、『グローバリゼ―ションと東アジア資本主義』(日本経済評論社)、『中国市場と日中台ビジネスアライアンス』(文眞堂)、その他多数。関連記事
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