川崎老人ホーム転落殺人事件(3)~介護職員の光と影
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第3回 仮想的有能感と現実 その1
マスコミは今回の殺人事件の要因を「介護ストレス」が背景にあると断定しまとめ上げようとしている。確かに介護職は”きつい”“汚い”“危険(殴られたりすることも)”という「3K」に加え、薄給で先行き不安がつきまとう。今井隼人容疑者にとって、想像を絶する初体験だったことは容易に想像できる。しかし、前回も言及したように、他の施設では、階段の踊り場から、それも3人もの入所者を投げ落とすという異常な殺人事件を起こしてはいない。彼をそこまで追いつめたものは、介護ストレスだけではなかったのではないのか。
「今井容疑者は15年1月から5月にかけて、入所者3人から現金や指輪など計約80万円相当を盗んだ疑いで逮捕、起訴され、横浜地裁川崎支部で懲役2年6カ月執行猶予4年の有罪判決を受けた。本人が自発的に申告した余罪を含め、19件もの窃盗を重ねていた」(「週刊朝日」16年3月4日号)。これが今回の殺人事件の重要なファクターだ。就職して間もなくから、職場の同輩、先輩を「高級鉄板焼き店やプロ野球観戦、コンサートなどに連れていった」(同)。資金は、「『大学病院の救命センターでの仕事を掛け持ちしている』と説明していたが、実は真っ赤なウソ」(同)。
今井容疑者は、高校卒業後、医療系専門学校に進学し、「救急救命士」の資格を取得している。この資格は「救急救命士法に基づき、救急車に乗車して医師の指示の下に救急救命処置を行う者」(「スーパー大辞林」)とある。国家試験を義務づけられた比較的高いハードルを有する資格だといわれる。難関を突破して国家資格を取得した今井容疑者が、関連する仕事に就かず、なぜ介護職員として「Sアミーユ川崎幸町」の運営会社である「積和サポートシステム」に入社したのだろう。そこに自身の救急救命士としての仕事への蹉跌、生き方への矜持などが通奏低音のように重く響いていた。
殺人の動機の奥底に、「仮想的有能感」があったのではないのか。「仮想的有能感」というのは「いかなる経験も知識も持ち合わせていないにもかかわらず、自分は相手より優秀であると一方的に思いこんでしまう錯覚のこと」(名古屋大学大学院教育発達科学研究科の元教授で心理学者の速水敏彦氏の造語。『他人を見下す若者たち』講談社現代新書より)で、今井容疑者(23歳)のような比較的若い人が抱くことが多いとされる。今井容疑者のなかに、入所者を見下す意識が生まれていたのではないか。
入所者に対し介護という名の”奉仕”の仕事に大きな戸惑いがあったと思う。それに「3K」が加わり、ときには上司から叱責されたこともあっただろう。何よりも優秀だと思いこんでいる今井容疑者にとって、これは”想定外の生き方”だ。「救急救命士の資格を持つ俺が、何でこんなひどい仕打ちを受けなくてはならないのか。自分より能力の低い入所者に尽くさなくてはならないのか」と考えても不思議ではない。
(つづく)
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