14資産への固執―長崎の教会群が進む道とは(後)
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卵が先か、鶏が先か
世界遺産は資産の適切な保護を義務付けており、その枠の中で貴重な自然や文化は守られる。端島炭鉱、いわゆる軍艦島が世界遺産に認定されたことの是非はともかく、経年劣化は激しく、立ち入り禁止区域に入ったことがある人は「地面が抜けて、その下を海水がものすごく速いスピードで流れている場所もある」と話し、そこに落ちれば間違いなく命を落とすと話した。長崎市は上陸を認めている以上、観光客の安全を図る義務がある。その費用は年間100億円以上になるという。もちろん、その財源は税金だ。ただでさえ苦しい市の財政事情の中で税収を伸ばすには、経済を成長させなければならない。長崎の主幹産業は観光だ。そのための目玉として軍艦島をPRし、どんどん観光客を呼び込む。まるで卵が先か、鶏が先かの議論だ。しかし、これが世界遺産を取り巻く現状でもある。
人口減少が著しい過疎地では交流人口の増加に突破口を見出すほかはない。教会群の資産にも入っている出津教会がある長崎市外海町にはブランド化に成功した実績を持つ。ハリウッドでも映画化される遠藤周作の小説「沈黙」の舞台となった場所として知られ、遺品や遺稿を保管する遠藤周作文学館も建設されている。しかし「沈黙」には外海という地名は出てこない。主人公が捕まるトモギの描写が外海の光景に似ているというだけだ。関係者によると、実は旧外海町の職員が町長に観光の目玉を作るように命じられ、苦し紛れに「沈黙」の舞台は外海と言い出したそうだ。もちろん遠藤本人にも許可は取っていない。「のちに遠藤さんが外海に来たとき、怒られるかと冷や冷やしたが、にこにこ笑っているだけで何も言わなかった。それで公認となった」と関係者は当時を振り返った。外海の成功は例外だ。どこでも同じことができるわけではない。手っ取り早く、しかも効果の大きいブランドとして世界遺産が望まれるのは無理からぬところでもあり、実際、2007年に教会群が推薦リスト入りしただけで多くの観光客が構成資産となった教会に押し掛けるようになった。
ライバルの脅威
普遍的価値と観光ブランド化を秤にかけて、どちらが重いかといえば現状では後者であるといわざるを得ないだろう。だからこそ長崎県はあくまでも14件の維持にこだわろうとしている。しかし普遍的価値の意味合いに対する認識不足が今回の推薦取り下げにつながったのだとなぜ理解できないのだろうか。思い切って浦上天主堂を構成資産に入れるぐらいのことをしなければ2018年の再申請も難しい。「北海道・北東北の縄文遺跡群」は苦しいとみられているようだが、「百舌鳥・古市古墳群」はかなりの強敵になるだろう。その多くが陵墓参考地に指定されており、発掘調査も許されない。手厚く保護されてきたのだ。巨大な古墳は視覚的にもイコモスにインパクトを与えるはず。再申請といってもこうした他の候補と推薦を競わなければならないので、相当の努力と覚悟が必要になる。しかし、長崎県の姿勢にはどこか甘えが感じられてならない。
見直すべきは足元
今回、問題があると指摘された明治期以降の教会を建てたのは、そのほとんどが外海から移り住んだ信者の子孫である。江戸時代、働き手が少ないことに悩んだ五島藩が移住を呼びかけ、それに応じたのが外海の信者だった。五島藩がキリスト教に目をつぶり、弾圧も厳しくしなかったことも理由の一つだったという。教会群とは直接関係ないが、外海の信者がいろいろな場所に移り住んだことは長崎のカクレキリシタンの歴史で面白い部分でもある。外海にはゆうこうという独自の在来種の柑橘類が自生しているが、長崎市大山町や佐賀のある島でも見つかるそうだ。外海の信者が持ち込んだと考えられており、彼らはさまざまな場所に足跡を残している。こうした膨らみを持たせることができなければ、「独特の伝統」というコンセプトも霞んでしまう。
また「明治日本の産業遺産」では日本政府に難癖をつけてきた韓国も、教会群については協力してくれる可能性もある。韓国はクリスチャンの多い国であり、カトリック専門のケーブルテレビ局が教会群の取材に来たことがあるなど関心の度合いは強い。長崎県も教会群には韓国のクリスチャンが巡礼で訪れるようになると期待を寄せている。一方で近年、ユネスコは世界遺産があまりにも乱立したことによってその理念からかけ離れていると、認定基準を厳しくしているという。文化や思想の違う人たちを納得させるのは容易なことではない。海外に向けて説得力のあるPRを行うには、自らがその価値を深く認識する必要がある。そのためにはまず世界遺産の理念である人類の共有すべき「普遍的価値」にもう一度立ち戻ること。足元を疎かにして飛び上がることはできない。
(了)
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