今日本で、世界で求められる文系の知!(1)
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東京大学大学院情報学環教授 吉見 俊哉 氏
2016年の大学受験戦争も3月の国立大学の合格発表で幕を閉じた。ところが、その新入生を迎える大学は、かつてないほど、その制度・成り立ちを根本から問われている。昨年は「文系学部廃止」という文言が新聞紙上で躍り、また独り歩きし、世間を騒がせた。しかし、それは今、大学が抱える本質的な問題の氷山の一角に過ぎない。
話題の書『大学とは何か』(岩波新書)に続き、近刊『「文系学部廃止」の衝撃』(集英社新書)を著した、東京大学大学院情報学環教授・吉見俊哉氏は「大きな歴史の中で価値の軸そのものを転換させてしまう力、それを大胆に予見する力は文系で“こそ”養われる」と喝破する。
平均学力で、学部4年生が修士1年生に優る――大学における「人文社会科学系(以下、文系)の知」に関して教えて頂きたいと思います。まずは、今日本の大学では「何が起こっているのか」についてうかがいます。
吉見俊哉氏(以下、吉見) 日本の大学では、文科省主導の面が大きいのですが、1990年代から2000年代にかけて、(1)「大学院重点化」、(2)「大綱化」、(3)「国立大学の法人化」という3つの大変化が起こり、その流れの中で、今日の困難に至っています。
(1)の「大学院重点化」は積極的に修士号、博士号を出して、専門職を養成していこうとする目的で行われました。しかし、この改革は日本で修士や博士の持つ社会的価値(弱さ)や大学院修了者に対する社会的需要、分野ごとに異なる高学歴人材のキャリアパスへの配慮を欠いて行われました。その結果、何が起こったかと言いますと、修士学位、博士学位を苦労して得ても、就職できない高学歴層が大量に生まれてしまったのです。
その結果、多くの若者が「大学院に進学しても、将来的にあまり良いことがない」と考える風潮を生み、優秀な学部学生が大学院を目指さなくなりました。重点化で院生の定員を増やした大学院は、確かに運営費交付金が若干は増えました。しかし、その定員を埋めるため、無理をしてでも、一定数の大学院生を入学させなければいけなくなりました。その結果、大学院に合格するボーダーラインが大きく下がりました。今、国立、私立の主だった大学では、学部4年生と修士1年生の学力の平均を比較した場合、学部4年生の方が修士1年生より優っているという逆転現象が増えています。
一般教育に実質的空洞化をもたらすことになった
(2)の大学設置基準の「大綱化」(※)では、「一般教育」と「専門教育」の区分の撤廃が行われました。これは「大学は画一的な科目区分に囚われることなく、自由に自らの責任で4年間のカリキュラムを設計すべきである」という考えに基づくものだったのですが、総合大学における一般教育の崩壊というネガティブな結果をもたらしました。
科目の制度的区分としての「一般教育」が廃止されてしまったので、それまで専門教育担当の教員から一段低く見られるという意識を抱いてきた一般教育担当の教員が、自分たちの軸足を急速に専門教育にシフトさせていったのです。このことが、一般教育の空洞化をもたらすことになりました。現在、危機感を募らせた各大学は、新たな仕方で全学的な「広い学び」のプログラムをいかに再構築するかという課題に取り組んでいます。その中でも注目に値するのは、九州大学です。専門諸学部に離散してしまった旧教養部の教員ポストを結集させ、基幹教育院という新しい全学教育の組織を設立しました。そして、この基幹教育院が全学をとりまとめる仕方で、全学を横断する「基幹教育(Core Education)科目」が組織されていくことになりました。
新自由主義的政策で、大学の公共的基盤は悪化
以上のいずれも大学や大学教員が自ら望んだことで、文科省から無理矢理押しつけられた変化ではありません。大学院重点化は、各大学が予算を増やすために自ら望んでやったことでしたし、「一般教育/専門教育」の区分の撤廃は、それまで一般教育を担当していた教員が自ら望んだことでした。つまり、一連の変化が上からの一方的な押しつけであったとの理解は間違っています。大学は自ら望んで重点化し、大綱化したのです。
しかし、(3)の「国立大学の法人化」を含め、より大きな文脈では、これらは新自由主義的政策の中で、さまざまな規制緩和が進んできた結果です。そして、結果的に大学の教育研究における公共的基盤の劣化、大学院生の学力レベルの顕著な低下が進みました。
(つづく)
【金木 亮憲】(※)1991年2月に文科省から出された答申『大学教育の改善について』を受けて、
一般教育と専門教育の区分、一般教育内の科目区分(一般(人文・社会・自然)、外国語、保健体育)が廃止された。(1991年6月改正、7月施行)<プロフィール>
吉見 俊哉(よしみ・しゅんや)
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院情報学環教授。同大学副学長、大学総合教育センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専攻としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの中心的な役割を果たす。主な著書に『都市のドラマトゥルギー ―東京・盛り場の社会史』『「声」の資本主義―電話・ラジオ・蓄音機の社会史』、『大学とは何か』、『夢の原子力』、『「文系学部廃止」の衝撃』他多数。関連キーワード
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