2024年12月27日( 金 )

2016中国「全人代」報告~困難と希望が混在(中)

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(株)アジア通信社代表取締役社長 徐 静波 氏

100件の重大プロジェクトのリストを公開した

 ――「第13次5カ年計画」で提示されたプロジェクトについて、教えていただけますか。

(株)アジア通信社代表取締役社長 徐 静波 氏<

(株)アジア通信社代表取締役社長 徐 静波 氏

 徐 「第13次5カ年計画」では、今後5年間で実施される100件の重大プロジェクトのリストが公開されました。その内容は、橋の建設、港整備、新幹線、石油化学基地(世界最大の石油化学基地構想が浙江省で始動)建設など、多岐に渡っています。
 そのなかでも私が注目しているのは、「航空技術分野」「宇宙技術分野」「海洋技術分野」と「人口知能分野」の4つです。

<航空技術>
 まず、航空技術分野です。「航空エンジンンとガスタービン技術」の開発が今回の100件のプロジェクトの首位に位置づけられました。これを中国の軍事専門家は「国家の航空エンジン産業に対する重視の顕れ」と評価しています。

<宇宙技術>
 次に宇宙技術分野です。宇宙分野のプロジェクトとして、「次世代・大型ロケット、新型衛星などのプラットフォームとペイロードの発展」や「深宇宙探査及び宇宙船の軌道上サービス・メンテナンスシステム」が挙がっています。宇宙船、応用衛星、深宇宙探査とは有人宇宙事業のことです。専門家は、長征5号、長征7号などの中国の次世代ロケットが「第13次5カ年計画」期間中に成熟すると分析しています。

<海洋技術>
 3番目に海洋技術分野です。大量の海洋科学技術も国家経済、国民経済、さらには世界の科学技術分野における中国の地位に重大な影響をおよぼします。今回のリストの2番目には「深海ステーション」、77番目には「深海移動作業ステーション『竜宮』の重要技術の発展」、78番目には「北極観測基地の共同設立、南極観測基地の新設、先進的な砕水船の建造、南極航空能力の向上」、そして79番目には「世界海洋立体観測システムの漸次的な形成」が挙がっています。

<人口知能>
 最後に人口知能分野です。今回の100件の重大プロジェクトのなかでも、人口知能はとくに注目されています。4番目に「脳科学・人口知能の研究」、29番目には「産業用ロボット、サービスロボット、手術ロボットの大々的な発展。人口知能技術の各分野での実用化の推進」及び「運転自動化、設備デジタル化、運行スマートの推進」が挙がりました。

 以上の国家戦略・意図を反映する大規模なプロジェクトは、中国の未来の軍事・科学技術の発展に大きく貢献すると言われています。

EU諸国の総生産量の3年間分近くに相当

 ――新規プロジェクトを進めていくことと並行して、現在抱えている負の遺産を解消していく必要がありますね。

 徐 現在の中国経済は2つの困難を抱えています。1つは「去産能」(過剰生産能力の調整)です。
 現在、鉄鋼、石炭、セメント、ガラスなど多くのものが生産過剰になっています。たとえば、中国の鉄鋼生産能力はすでに12億トン近くになっていますが、2016年の中国における鋼材消費量の予測は6.48億トンです。この差約6億トンは、わかりやすく言うと、EU諸国の総生産量の3年間分近くに相当するのです。

約2,000万人が住むことができる広さに相当

 もう1つは「去庫存」(売れ残りのマンションや商業不動産の調整)です。2015年末で、全国不動産の総未販売面積は7.19億m2に達しました。ただし、これは竣工され、まだ販売に至っていない不動産のみを対象としています。竣工していない建設中の物件、および建設が開始されていない潜在的な物件を含めると、在庫は倍増するという予測も出ています。

 この7.19億m2という数字は、中国人の平均住居面積35m2で割り算すると、約2,000万人が住むことができる広さに相当します。しかし、現在、都市部の人々は皆住宅を持っており、さらに少なくない一部の人は2戸以上の住宅を持っています。

 そこで、この不動産在庫処分の主要勢力には成り得ません。では、誰が「解放軍」の役割を担うかについて、農民に焦点が当てられています。
 国家発展および改革委員会の徐紹史主任は、全人代後の記者会見で「この在庫を消化するのは決して簡単なことではない。積極的に在庫を消化するためには、まず農民労働者の市民化を早めて、住宅の需要を高める必要がある」と語っています。しかし、これには、一部の有識者から疑問の声が上がっているのです。

出府・不動産購入と同時に社会保障システムが必要

 中国の人口13億人のうち8億人が農民で、このうちすでに出府(地方から都会に出ること)した農民は2.5億人を越えました。毎年2,000万人あまりの農民が都市へ移っていますので、遅くとも2030年には中国農民の半分の4億人が「都会人」に変わると言われています。そこで需要はあるので、新しく増える不動産在庫を含めると、計算上は約4,000万人の農民が住めることになります。
 しかし、もし農民が「頭金ゼロ政策」に誘惑され、都会人のように不動産を買った場合、「ローンを支払っていけるのか」という点で有識者は危険信号を出しているのです。

 さらに、国家は都会で、これほど多くの農民たちの医療、介護などの社会保障費を負担しきれるのかについても、疑問が投げかけられています。つまり、もし政府が本当に農民に「解放軍」になってほしいと思うのであれば、出府・不動産購入と同時に、社会保障システムの具体化を成し遂げる必要があることが指摘されているのです。

(つづく)
【金木 亮憲】

<プロフィール>
jo_pr徐 静波(ジョ・セイハ)
 政治・経済ジャーナリスト。(株)アジア通信社社長兼『中国経済新聞』編集長。中国浙江省生まれ。1992年に来日し、東海大学大学院に留学。2000年にアジア通信社を設立し、翌年『中国経済新聞』を創刊。2009年に、中国ニュースサイト『日本新聞網』を創刊。著書に『株式会社 中華人民共和国』(PHP)、『2023年の中国』など多数。訳書に
『一勝九敗』(柳井正著、北京と台湾で出版)など多数。日本記者クラブ会員。経団連、日本商工会議所、日本新聞協会等で講演、早稲田大学特別非常勤講師も歴任。

 
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