2024年11月26日( 火 )

川崎老人ホーム転落殺人事件(5)~介護職員の光と影

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第5回 日常的な死に慣れると人を殺しても平気なの?

 芥川賞作家の南木佳士氏は、長野県佐久総合病院の勤務医である。入局後、末期の肺癌患者を専門に診る病棟を担当。多くの死を目の当たりにしたことでパニック障害を罹患し、比較的“死”と対面の少ない外来担当医として勤務を続けた。南木氏は多くの死から逃れる選択肢を選んだが、今井隼人容疑者は日常的な死に慣れ、殺人という選択肢を選んだ。

 南木氏は数年を経てパニック障害にかかったのだが、今井容疑者は、事件を起こした有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」の運営会社「積和サポートシステム」に入社したのが、2014年5月。そして、最初の殺人事件を起こしたのが同年11月。わずか半年での惨殺である。第一、有料老人ホームの入所者が、たった半年間で次々と亡くなるだろうか。
 「いっぱい死体を見ているから、死に対しての感覚がマヒしている。何とも思わなくなってきている自分が怖い」(「朝日新聞」16年3月26日)と友人に話しているが、話したのは2カ月間で3件の転落死が続いていた頃だ。これは、逮捕されたときに備えての「伏線?」だろうか、それとも「不安?」だろうか――どちらにせよ、人を殺めることに何の抵抗感もない、異常な感覚の持ち主であることに変わりはない。

flower 横浜地検は、4月15日、3件目の殺人罪で今井容疑者を追起訴し、一連の捜査を終了した。報道陣の前ではあれほど雄弁だった今井容疑者は、最近では黙秘を続けているという。
 「介護の現場はこれほど過酷なのかと驚いた」(同)と神奈川県警の幹部は言う。今井容疑者の同僚だった男性も、「忙しいときに仕事が重なると、『死ね』と言いたくなることだってある」(同)という話は本音だろう。同施設内で、別の職員による虐待や暴言という許されない仕打ちも露見している。これは、運営会社の怠慢以外の何物でもない。急遽、当直の人数を増やしたというが、今井容疑者の凶行が起きたのはそれ以降である。これを「今井容疑者個人の資質」と放棄していいものなのだろうか。

 施設の対応問題以外にも、警察の初動捜査にも問題があったという。「3件の現場には別の検死官が入り、介護を受けているお年寄りが手すりを越えて転落死していることに疑問を持たなかった」「殺人を担当する捜査1課が連続不審死を把握したのは、今井容疑者が施設内の窃盗事件で逮捕された昨年5月以降だった」(同)とされ、「情報の共有が十分ではなかった」(同)として、同一現場での情報の共有システムを整備したという。
 捜査時での“思いこみ”や根拠のない“予見”は問題外だが、“仮想”や“仮説”は重要だろう。「本当に、この高さから自力で乗り越えることが可能なのか」というシミュレーション(模擬実験)である。そのうえで情報の共有化を図ることができれば、第2、第3の殺人事件は起こらなかったはずだ。これは警察の怠慢である。

 さて、マスコミがこの事件の根拠としている「介護現場での過酷さ」「介護職員の報酬の問題」にも、目を向ける必要がある。

(つづく)

 
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